タクミシネマ        素肌の涙

素肌の涙        ティム・ロス監督

 親子四人の家族が、ロンドンから何かの理由で田舎に引っ越してきた。
そこは丘陵地帯で、まったくの一軒家だった。
姉のジェシー(ララ・ベルモント)は高校生、弟のトム(フレディ・カンフリ)は中学生といった年齢か。
母親(ティルダ・スウィントン)は妊娠しており、すでに大きなお腹である。
歳の離れた三人目の子供が、近々生まれる。
陣痛が始まり、一家をのせた車は病院へと急ぐが、途中で横転してしまう。
その事故現場で出産が始まり、全員が傷だらけになりながらも、無事女の赤ちゃんを出産する。

 ある時、トムは父親(レイ・ウィンストン)と姉がセックスをしているのを目撃する。
もちろん、母親は夫と娘の関係は知らない。
トムが母親に知らせ、問題が公になる。
父親はシラを切り、反対にトムを責めるが、トムは父親を刺してしまう。
ジェシーとトムが海岸のシェルターに閉じこもるところで映画は終わる。

素肌の涙 [DVD]
 
劇場パンフレットから

 ティム・ロスがメガホンをとっているが、未消化な展開である。
父親と娘の近親相姦によって、家族が崩壊するのが主題だが、この設定はすでに陳腐である。
確かに情報社会化によって、親という役割意識が希薄になるので親子が横並びになり、親子間の近親相姦が増えることは事実である。

 人が地位にともなう役割を果たすことに生きていた時代には、世代を越えた人間の間には厳然とした上下関係があった。
セックスは当事者を等質化するから、その時代には親子に限らず世代間のセックスは歓迎されなかった。
特に親子間のセックスを認めることは、文化を伝える根幹である親子なる優劣関係を希薄化することであり、両者を等質化することである。

 異なった世代という文化を受け渡すべき両者が、等質になってしまうと、後の世代は前の世代を優れたものと見なさなくなってしまう。
後の世代が前の世代を敬っているから、文化は受け継がれるのである。
そのため世代を越えたセックスは許容されにくかったのだ。
例外は、高齢男性や社会的に高位の男性と、若い女性の間のセックスだけだった。
それは高齢者や高位者の優位性を支える社会的な力が、セックスの等質化力よりも強い場合だけ許されたのである。
そして近親相姦が少なかった時代は、多産で子供が多かったことや高齢者が少なかったことなどが、考慮の内になければならない。

 情報社会化は人間を地位に基づいた役割から解放し、生の個人として社会に放り出す。
親子関係にあっても、親役割という枷が希薄化してしまう。
そのため情報社会化とは、欲望がむきだしになり、何でもありの社会になってしまうことでもある。
この監督は、そうした時代背景が判っていない。
近親相姦が増えてきたが、それは許されないことだ、という単純な怒りがこの映画を作らせたように思う。
父娘相姦を息子が告発する構造だが、近親相姦が発生する背景はこんな単純な問題ではない。
近親相姦は残念ながら、ある意味では時代の必然でもある。

 この映画は、現実に起きている近親相姦をよく調査してから、きわめて常識的な意識で製作されているように感じる。
少年の性的な関心、周りに他人がいない閉ざされた家族、収入を失った父親、妊娠と新生児に注意が向いている母親、そのなかでの父娘関係。
しかも、父親から娘への働きかけが強く、娘は被害者として描かれている。
娘は見えない鎖によって、がんじがらめにされていたのだとしても、両者の相互関係であることには間違いない。
ジェシーにはボーイフレンドもおり、そのなかでの近親相姦である。
この関係が何歳くらいから始まったのか、映画は語っていないが、もっと家族関係を掘り下げて欲しかった。
最大の不満は、父親を近親相姦へと向かわせた原因が、何も語られてないことである。

 同じ主題を扱った映画「セレブレーション」のほうが、よりシャープな社会認識に基づいており、映画としても上出来だった。
それはひとえに主題に対する理解の深さの違いであろう。
人間の欲望が剥きだしにならないように、社会的に抑止していた枷が外れた今、事実の列挙だけでは水掛け論である。
近親相姦にいたる人間の内的な心理にまで立ち入り、それと社会的な関係を腑分けする作業が必要である。
近親相姦は普通には悪とされるが、もはや単純な正義感では近親相姦をとめるうえでは、何の役にも立たないのだ。

 全体に画面が暗く、しかも露出が一定せず、妙にとんでいた画面があったりする。
シーマス・マクガーヴィーという撮影者の好みもあるのだろうが、監督の指示が十分に浸透していないことが、ばらつきを生んだ原因ではないだろか。
それに画面がつぶれているシーンが多く、もう少しライティングに注意を払っても良いように思う。

1998年のイギリス映画。


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

 「タクミ シネマ」のトップに戻る