タクミシネマ        スモーク・シグナルズ

 スモーク シグナルズ    クリス・エア監督 

 アイダホのインディアン保護地に住むインディアンを舞台にしているが、主題はインディアンには限らず、はるかに広く深いものである。
父にたいする子供の精神的な葛藤を描いており、小品ながら実にいい映画である。

劇場パンフレットから

 1976年の独立記念日のパーティで、どんちゃん騒ぎをしたあと、皆が寝静まった深夜、火事になる。
その火事で、トーマス(少年時代:サイモン・ベーカー、成人:エバン・アダムス)の両親が焼死してしまう。
赤ん坊だったトーマスは窓から投げ出されるが、ビクター(少年時代:クディー・ライトニング、成人:アダム・ビーチ)の父親アーノルド(ゲイリー・ファーマー)に拾われて助かる。
しかし、原因不明のこの火事は、アーノルドの花火の不始末から発生したものだった。
その後、トーマスはおばあちゃんと、ビクターは両親と生活し、10年以上が経過する。

 アーノルドは酒浸りの毎日で、必ずしもよき夫でもないし、よき父でもない。
ビクターは酒ばかり飲んで、自分をかわいがってくれない父親に屈折した心境を抱いていた。
父親は、自分よりトーマスをかわいがり、愛されない心の痛みは、ビール瓶を投げたりといった行動にでていた。
それを知った母親アーレン(タントー・カーディナル)は、アーノルドに酒をやめさせようとする。
しかし、アーノルドはそれを嫌い、家を出ていってしまう。

 それからまた10年くらいして、スージー(イレーヌ・ベダード)と名のる女性から、アーノルドが死んだという電話を受け取る。
彼は、アメリカ各地を放浪したあと、フェニックスの田舎で死んだのだった。
その遺灰を引き取りに、ビクターとトーマスが出向く。
映画の後半は、彼等の旅行のロード・ムービーであるが、父親にたいするさまざまな見方が二人のあいだでかわされ、アーノルドの死への伏線が張られる。

 自分の不注意がもとで火事を起こし、トーマスの両親を死なせてしまったアーノルドは、子供のビクターを愛したかった。
しかし、彼には火事を起こしたことが、トラウマになりどうしても直接的な愛情表現が出来なかった。
そのために、反対にビクターに辛くあったり、酒に逃避していたのである。

 火事の原因が、アーノルドにあったことは最後までわからない。
横暴な父親、子供への愛情を表現しない父親、そうした父親をどう受け入れて良いか判らず、ビクターは父親を許さないで成人した。
しかも、ビクターの心の傷が、彼を人生へと真面目に取りくませず、何か投げやる的な生き方をさせていた。

 おそらくこの監督は、これが初めての映画だろう。
観客には画面がどう見えるかということが判っていないし、技術的にはまだまだ未熟である。
しかし、父と子という大きくしかも現代的な主題を、深く考察し画面に展開している。
前半はややのろく、インディアンのお話かと思っていると、中盤からこの映画の主題が全面に表れてくる。
前半の伏線も良く効いているし、監督が何を訴えたかったかもよく判る。

 インディアン保護地では、補償金がでるので、男性であっても働いてお金を稼がなくてもいい。
お金を稼がない男性と、家事労働はする女性。
ここで男性のアイデンティティが失われている。
父である男性は、お金を稼ぐことによって、女子供を養ってこそ、その存在証明があるのだ。
最近のフェミニズムに影響された映画では、女性の社会進出というかたちで、男女の等質化が計られるが、ここでは男性の無給化というかたちで、男女の等質化が計られる。
そうなっても、女性には家事労働が残るが、男性には何もない。

 稼がない男性のアイデンティティを、父親自身はどう確立するのか。
この監督は、それでも父親に温かい目を向けている。
行動では家族から逃げてしまいながら、表現できない子供への愛情をもち続ける。
新しい場所で知り合ったスージーには、バスケットの才能があると、自分の子供をとても自慢そうに話す。
アーノルドが回想しながら、一人でバスケットをするシーンは、目が洗われるように美しい。

 そうした父親を子供はどう見ているのか。
心に傷をもった男性を、女性はどう受け入れるのか。
それをスージーを通して表現する。誰でも間違いはする。
あるがままを受け入れようとする監督。
やがて、ビクターも父親の心理が判りはじめ、遺灰を地元のスポーケン川の滝にふりまく。
現代の男性像を、暖かくしかも鋭くえぐった秀作である。
トーマスとビクターともに、少年時代と成人がよく似ており、似た俳優を探し出したことに感心した。
俳優としてクレジットされてないが、ジェーン・フォンダがちょっと顔を出している。

1998年のアメリカ映画


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