タクミシネマ             π(パイ)

Π(パイ)      ダーレン・アロノフスキー監督

 以前この映画を見に行ったら、ずらっと並んでいて座れそうもないので、帰ってきたことがある。
単館上映のレイトショウだけにもかかわらず、この人気である。
ほとんど宣伝もしていないのに、仕掛け方を上手くすれば、流行ると言うことだろうか。
キューブ」の時もそうだったが、コンピューターとサイコ・スリラーがくっついた時は、今の時代には衝撃力があるのだろう。

 世の中はすべて、法則性があり、それは数式によって表すことができると信じている男マックス(ショーン・ガレット)がいる。
彼はかつては天才と言われ、16歳で大学を卒業、20歳で博士号を取ったほどの頭脳をもっている。
しかし、分裂症をもっており、幻覚、幻聴、頭痛に悩まされている。
若いときは病気ではなかったので天才と言われたが、分裂症が発症した今や、変質的な側面が多くなる。
映画は、マックスが分裂症であるとは言っていないが、あの徴候はおそらく分裂症だろう。
もしくは分裂症からヒントを得ていると思う。

π(パイ) [DVD]
前宣伝のビラから

 天才的な頭脳から生み出される216桁の数字の列をめぐって、ユダヤ教徒たちと株価の解析に使いたい集団とが、彼をめぐって動く。
この映画は分裂症患者の、日常を天才に絡めてできており、ざらっとしたモノクロ画面で展開する。
この映画にはモノクロが良くあっており、撮影も凝っている。
数学は大自然の言語であり、数式で世の中が表現できるという設定は、とても良いと思う。
なぜなら近代以前は、数などと言うことは考えの内に入らなかったが、科学の進歩は数との格闘だと言っても良い。
そのくらい数字は意味を持っており、いまだ人間が自然界の法則を解明していないのだとは、当然生まれる設定だからである。
また事実そうだろう。数式で社会が表現できるというのは、狂気でも何でもない。

 しかし、主題がいまいちはっきりせず、全体に詰めが足りないようだ。
映画では主題がそのまま語られるのではなく、さまざまな舞台というかエピソードによって語られるのだが、その一つである碁をみると、浅さが歴然としている。
映画の中で、マックスはかつての師であるレイと碁をしている。
レイは碁とは、盤の上で宇宙を実現しているのだという。
しかもそれは論理の世界であるが、人間の予測を許さない無限だという。
碁が宇宙の表現だとは良く言われるが、彼等が遊んでいる碁はザル碁も良いところなのだ。
碁を論理と無限というのなら、少なくとも多少の遊び方は知っていて欲しい。
あの石の置き方では、まったく碁を知らないとしか見えない。
碁は白黒、これは良い、イタダキといった安直な姿勢を感じる。
しかも碁の起源は日本ではなく中国である。

 笑って見過ごせるディテールの遊びと、きちんと詰めなければならないディテールがあり、後者の方をおろそかにすると物語全体の信憑性がなくなってしまう。
また、映画としても同じパターンの繰り返しが多く、監督が主題をきちんと絞っていないことが判る。
マイナー指向の映画だからこそ、笑って許されるのではなく、きちんと突き詰めるべきだろう。
1998年のサンダンスで、最優秀監督賞を受賞したと言うが、一つ一つの話題をもっときちんと掘り下げ、専門家が見ても啓発される次元で語って欲しい。
そうした意味では、ジョージ・ルーカスなどはよく調べて、しかも膨大な知識を良く消化して、下敷きとして使って上手い。

 若い監督だと思うが、観念の遊びを映像化するためには、もっともっと先鋭化すべきである。
着眼点は面白し撮影技術もあるので、これからが期待できるかも知れない。
画面作りに関しては、小細工は止めて正攻法で行くべきだろう。 

1997年のアメリカ映画  


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