タクミシネマ                  トレイン スポッティング

 トレイン スポッティング    ダニー・ボイル監督

 ヨーロッパのしかも青春物ということで、この映画にはあまり触手が動かなかった。
しかし、同じイギリスの映画である「秘密と嘘」が意外に良かったので、見ることにした。
結論から言うと映画自体はB級だが、同じヨーロッパでもイギリスはフランスとは何か違う動きが始まっているようである。

 西洋諸国の青春物の定番に従って、若者たちの麻薬漬けの日々が中心である。
場所はスコットランド。
20才前後だろうと思われる男の子四人が失業し、毎日これといったあてもなく生活している。
生活保護で生活しているのだろうが、下手に働くと生活保護がなくなってしまうので、生活保護を受け続けるためのポーズはとる。

 階層間の移動が少ないイギリスでは、働いても充実感が入手できない。
仕事が生き甲斐とはならず、ほかに生き甲斐になるものもない。
裕福な社会では、すでに身の回りに、あるレベルの文化生活は実現されている。
生活保護を受けても、プチブル的な生活に近いものは可能である。

 そのため、プチブル的な生活を手に入れるために、必死に働く必要性や魅力が感じられない。
もはやプチブル的な生活が実現されても、生活自体に充実感がないことを知ってしまったのである。
そこで、上昇指向が全くなくなって、刹那的な快楽指向へと方向が転換するのは必然である。

 何もすることがなければ、酒浸りの毎日というのが以前は多かった。
しかし、いまでは酒に代わって、はるかに快感が強い麻薬が青春の象徴である。
主人公のマーク・レントンもヘロイン中毒である。彼も麻薬欲しさに盗みでも何でもするという、中毒患者定番のコースを歩き始める。

 ナンパした女の子ダイアンが中学生だったり、万引きで逮捕されたり、仲間の赤ん坊を死なせてしまったり、四人のうちの一人が注射針から感染したエイズで死んだり。
落ち込むことばかりである。

 そこへ20キロのヘロインを4、000ポンドで仕入れ、16、000ポンドで売る仕事がくる。
捕まれば長年の監獄生活という危険な仕事だが、彼もピア プレッシャーと金につられて加わる。
何とか無事に換金でき、仲間で山分けというその晩、彼は16、000ポンドを持って一人で逃走する。
その金とパスポートを持って、ふつうのプチブル的な市民生活を始めると宣言するところで、映画は終わる。

 麻薬映画というのは、最後が非常に難しい。
バスケット ボール ダイアリー」のように、中毒から立ち直るという結末は、映画としては説教じみて面白くない。
現実の多くは、中毒から抜け出せず廃人となっていくのだろうが、それではドキュメンタリーにはなってもフィクションとしての映画にならない。
この映画も中途半端である。
レントンが麻薬から立ち直って、ふつうの市民生活をするきっかけが、仲間を裏切って入手した金である。
映画ではこの金を持って、生き揚々と小市民的な市民生活に向かうが、これではその先の生活が崩壊することは見えている。
1996年イギリス映画。

 レントンがベッドを共にするダイアンは、ディスコで会った夜には若い性的な女性として、非常に魅力的に登場する。
充分に成熟した女性である。
その彼女が、朝になって中学生の制服であらわれ、レントンは驚愕するが、中学生ですら将来に何の希望も持てない。
何かしたいのだが、何をしていいのか判らない。


 何にも手ごたえが感じられない。
だから、彼女も快楽指向である。
彼女は麻薬には手を出してないが、性的な快感はすでに知っている。
自分でコンドームも用意しているし、ベッドではレントンをリードしている。
もちろん女性上位で、彼女は貪欲に性交する。
性交の快感には、習慣性はあっても中毒性はないから、翌朝、彼女は爽やかに学校へいく。

 青春物というのは、生きる手ごたえを捜してもがくことが主題なのだが、工業社会が成熟した今、こうした映画には何の驚きもない。
表現の本質を求めてもがくとか、思想的もしくは宗教的に個人の内面を探るとかといった、超個人的な話しなら若者が主人公でも見ることができる。

 青春物は、現在の体制が前提になっており、それからの距離で映画が語られるために、どうしても時代の後追い・後付けになってしまう。
映画として成功した青春物は、「ボニー アンド クライド」のような燃焼しきった破滅的結末だけだろう。
そういえば破滅的な最後の「テルマ アンド ルイーズ」は、女性の青春映画だった。

 この映画も、若者が出口のない孤独な状態にあること以上の展開をしていない。
それはすでに何度も語られつくしており、孤独を孤独として描いても、その解決には何の役にも立たない。
孤独から快楽指向、そして社会的な転落では、何も新しいものはない。
そうした意味では、この映画は我が国やアジアの映画とよく似ている。

 ダニー・ボイル監督のこの映画に、いくらかの驚きがあったとすれば、イギリスの未来指向が垣間みれたことである。
何処にそれが感じられたかを語るのは難しいが、人間関係の設定の仕方に、今までとは違う距離感があるように感じた。
イギリス映画は、何か新たな胎動を始めたようである。


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