タクミシネマ　　 　　　　　　サムバディ・トゥ・ラブ

　ロスアンジェスルの下町で、今は廃れてしまったはずのタクシー　ダンサー(有料でダンスの相手をする女性)が、映画俳優になることを夢見ている。
彼女には中年のヒモがいるが、同時にそのヒモが彼女の生きがいを支えている。
その彼女に、一目ぼれする男性が現れる。
話はそこから始まる。

　ハーベイ・カイテル演じるヒモだって、ロジー・ペレス演じる主人公のメルセデスだって、メジャーになれる見込みはない。
さえない下町で、とにかく毎日を送っているのが精いっぱい。
もちろん結末だって、メジャーになれずに終わるが、それにしても、この題名は少しひどい。

　こうした題名をつけるときは、下町で夢に生きる庶民を暖かく見守るという眼が、映画を成り立たせるのではないだろうか。
現実は出世できないことが多いのは事実である。
しかし、冷たく出世の道はないと言って、誰かが愛していると言うのでは、あまりにも夢がなさ過ぎる。
映画なのだから、何か可能性を感じさせて欲しかった。　

　下町は庶民が寄り添って生きており、隣の誰かさんとは米櫃の中や布団の裏まで知れてしまう人間関係だった。
そこでは貧乏ながらも、心の傷をみんなでいたわりながら生活していた。
ほのぼのとした生活感があった。もし、そこから誰かが出世すると、そこの住人はみんなで応援した。
下町だって実際は愛憎が渦巻き、他人を陥れもした。

　少なくとも建前では、地域共同体は助け合って仲良く暮らす場だった。
今は下町と言えども違う。
かっての長閑な人間関係が維持できなくなって、個人がバラバラになりつつある。
こうした中で、夢を語るのは困難なのは良く判る。
が、しかしである、やはり映画には夢が欲しい。

　メルセデスの住んでいるところは、モーテルである。
どんなに危ない地域でも、また安いアパートでも、ある期間にわたって住む体制になっている建物は、隣人との密接な人間関係が発生し得る。
アパートは、短期間しか住まないとしても、入居するときにはいつまでそこに住むかは判らない。
ひょっとすると、一生住むかも知れない。

　モーテルは期限を切って住む建物である。
一日単位で、もしくは一週間単位で、居住費を清算していくモーテルには、定住の思想が初めからない。
ここには、下町の太陽が、やがてスクリーンにデビューするという構造がない。
誰も、隣人には無関心である。

　隣人との間に生活感を共有していないから、誰も隣人とは心を開かないし、自分の生活だけが大切になる。
地域が人間を支えない中で、もし人間同士が判りあえるとすれば、それは愛しかない。
愛というまったく頼りないものだけが、かろうじて人間を結びつける。

　メルセデスに一目ぼれするアーネストも、不法入国者かも知れないヒスパニックである。
彼らの生活を支える地域共同体は、とっくに崩壊している。
こうした中で、人間を暖かくみるのは難しいかも知れないが、もう少し新しい視点を展開させて欲しかった。

　映画としてみると、ややくすんだ画面がロスアンジェルスの裏びれた下町を良く表している。
華やかなアメリカの裏面を良くとらえている。
しかし、メルセデスを演じたロジー・ペレスが、達者ではあるが絶叫型の演技で、物語とあってなかった。
とくに、アーネストを演じたマイケル・デロレンゾが、おとなしい演技だったので、余計にかみ合わなかった。
それと何より、叙情的な描写のカットが長すぎて、間が持たない。
動きの少ない顔のアップを、２０秒近く続けるのは、よほど必然性がないと無理である。

　「ファーゴ」では変な顔の男としてでていたが、女装したステーヴ・ブシュミの後ろ姿は、きわめて女性的で驚いた。
他の人たちより存在感があり、格が違う俳優である。
1994年アメリカ映画。