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世界中に翻訳されて、多くのファンをもつチャールズ・ブコウスキーである。 彼の自伝的小説を映画化したという。 何よりも一番感心したのは、こんなダメ男の原稿を10年以上にわたって、読み続けた編集者がいたことだ。 そして、その編集者が、とうとう彼の原稿を買ったことだ。
我が国の状況を考えてみると、こんなことがあり得るだあろうか。 まず、我が国では編集者の名前が、ほとんど明らかになっていない。 そのため、この主人公がやったように、お気に入りの編集者を見つけるのが難しい。 編集者の個人的な眼力よりも、会社の方針が優先するので、売れる原稿が優先されてしまう。 とにかく、我が国ではありえないだろう。 この映画の主人公ヘンリー・チナスキー(マット・ディロン)は、アメリカ各地を放浪して、定職に就かなかった。 しかし、その間も書くことだけは止めなかった。 自称作家と名乗るだけで、まったく売れないのでは、父親が怒るのも無理はなかった。 子供が新しい表現を志すとき、もっとも敵対的に登場するのは、父親であることが多い。 古い世界の価値観を代表するのが、父親の別名だから、無理もないのだが、 父親であるというだけで、子供の新しさを理解できない。 ヘンリーと父親との関係も、ご多分にもれずに最悪だった。 誰にも理解されないが、彼は自分の表現には自信があった。 あまりに売れないので滅入ってくると、上梓されている他人の本を読んで、 自分の才能を確認したという科白が良い。 表現は個人が担うものであり、それを評価するのも個人でしかない。 会社に所属する編集者は、表現への触覚が鈍感になるのだろう。 40歳を超えるまで、誰からも評価されないと言うのは、辛かったろう。 いくら自分に自信があっても、無視され続けると、滅入ってくるものだ。 孤独だったろう。 普通なら、30歳くらいで表現を諦めて、市井の人になってしまうものだ。 持続する心がスゴイし、評価する編集者の持続力もスゴイ。 彼は無名時代に、2人の女性から興味を示される。 1人はジャン(リリ・テイラー)という小柄な女性で、彼女とはしばらく共同生活が続いた。 しかし、他人は他人である。 表現者の孤独は、彼に1人生活を選ばせる。 その後、酒場である女性(マリサ・トメイ)にであう。 彼女もヘンリーに興味を示してくれた。 しかし、長くは続かなかった。 映画としては、とびきり優れたでき、というわけではない。 ライティングが下手で、画面も均一に光がまわっていない。 顔がつぶれたりしている。 おそらく監督が、意図した画面になっていないだろう。 ジャンが、彼を理解したような様子を見せるが、彼女の表現が物足りない。 リリ・テイラーは下手ではないが、彼の何に共感したのか判りにくかった。 リリ・テイラーは声で損をしている。 日雇労働紹介所から、叩き出されるシーンがひどくリアルだった。 まだ人種差別が、表面化していない時代だったから、白人の貧乏さも極端ではなかったのだろうか。 マリサ・トメイが演じた女性は、彼の知的さに惹かれた様子が伝わってきた。 40年以上も孤独のうちに、表現の文字を書き続けると、ただの酔っぱらいではなくなる。 考え続ける訓練は、その人間の雰囲気を、知的な空気へと変える。 知的さは自然のうちに判るものだ。 自分の頭で考え続ける姿勢こそ、世界のインテリが共通してもつ資質であり、共通する雰囲気である。 自分の頭で考え続けること、これが知性を生む。 輸入品の知識が跋扈する日本に、インテリが少ないという理由でもある。 マット・ディロンに知的な雰囲気を求めるのは無理だが、 厳しく自己管理されたマリサ・トメイの身体には、何気ない知性を感じた。 すでに彼女は、40歳を超えているにもかかわらず、少しも体形が崩れていない。 現代文学を語るときには、チャールズ・ブコウスキーの名前は欠かすことができないだろう。 ドイツ生まれでありながら、彼はアメリカで約50冊の詩集や小説を上梓している。 最近、日本人の老画家が、戦争中の日系人の扱いに抗議して、 アメリカの市民権を放棄したままで、表現活動を続けていると聴いた。 アメリカの懐の深さ、そして、新たな価値を体現した表現者を、生みだす底力に感動する。 原題は「factotum」a man who performs many jobs 同じような主題をあつかった映画に、「ヘンリー・フール」がある。 2005年の米 ノルウェー映画 (2007.8.22) |
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