タクミシネマ       あるスキャンダルの覚え書き

あるスキャンダルの覚え書き
  リチャード・エアー監督

 女性の孤独はきわめて現代的な主題だが、
この映画が描く女性の孤独は、まったく現代的ではない。
この映画は、モテる女性とモテない女性を対比的に描き、
たんにモテない女性の、男日照りを描いたに過ぎない。

劇場パンフレットから

 家と家の結婚が主流だった時代ならいざ知らず、
恋愛結婚が主流になった現代では、異性を捕まえるのは競争である。
恋愛競争から外れた人は、孤閨を託つことになる。
異性から声をかけられない寂しさは、恋愛が普通の社会ではどこでもあった。
モテない人がいるのは女性に限ったことではなく、男性だってモテない奴はいくらでもいる。

 専業主婦だったシーバ(ケイト・ブランシェット)は、やっと子育てから開放されて、中学の美術の教師になる。
職場への適合は順調にいくかに見えたが、
男子生徒のスティーブン(アンドリュー・シンプソン)から、言い寄られて男女の仲になってしまう。


 若い肉体は新鮮だった。
彼は何度でも応えてくれた。
歳のはなれた夫だったことや、ダウン症の息子を育てていたことも手伝ってか、彼女は性の快楽に飢えていたのだろう。
彼女はセックスにのめり込んでいく。
2人は年齢がはなれているだけではない。
男性は15歳の未成年である。
成人女性が未成年者を誘惑すれば、あきらかな犯罪である。

 こうした男女関係が、長続きするはずはなかった。
定年間際の女性教師バーバラ(ジュディ・デンチ)に知られてしまう。
バーバラはシーバと仲の良い同僚だったが、
長い男性日照りによって、屈折した心理になった女性だった。
シーバの弱みを握るかたちで、彼女を支配しようとする。

 口外しないからとバーバラに諭されて、
一度はスティーブンとの仲を解消しようとするが、性の誘惑には勝てなかった。
バーバラに隠れて逢い引きを続けるが、当然のことながら発覚してしまう。
バーバラはシーバの忠誠心を試すが、シーバは彼女を選ばずに家族を選ぶ。
親切心を裏切られたバーバラは、シーバの恋愛遊戯をバラしてしまう。
そして、シーバは8ヶ月の懲役刑に処せられる。  

 映画では、異性の愛情に飢えたバーバラの行動が、きわめて異常に描かれている。
かつても同僚の女性につきまとい、ノイローゼに落ち込ませている。
バーバラは同性愛的な資質もある。
しかし、公平に見れば、シーバの行動のほうが、はるかに非道徳的だ。
むしろ、バーバラはシーバの行動を知ったらただちに、校長などに伝えるべきだったのかも知れにない。


 犯罪を知りながら上司に伝えないのは、共謀罪とか幇助といわれても仕方ないかも知れない。
しかし、シーバの行動は犯罪ではあっても、きわめて個人的なものだ。
2人が結婚してしまえば、犯罪ではなくなる。
こんな事件で個人を権力に売るのは、辛いところでもある。
このあたりの心理も、描き込んで欲しかったが、
映画はシーバの弱みを、支配の道具に使うバーバラの嫌らしさを強調していく。

 映画が使う状況は、個別的なものであっても、
それが時代状況の中で一般化できるものであるはずだ。
バーバラのような女性の嫌らしさが、現代的な女性の孤独から生じるなら、
この映画に説得力があると思う。
しかし、バーバラの嫌らしさは、たんに性的欲求不満からもたらされたものだ。

 性的な欲求不満が、シーバを支配するサディスティックな行動につながっていく。
性的欲求不満が異常行動へ結果するというのは、フロイト以来であり、少しも現代的ではない。
フロイトなら、バーバラはヒステリーである、の一言で片付けてしまうだろう。

 恋愛の敗者が恋愛の勝者に嫉妬する。
こんな主題は、はるか昔のものである。
現代女性の孤独とは、性的に満たされても、なお心のなかを吹き抜ける風にあるはずだ。
それは神や父を殺した男性と、まったく同質の孤独であるはずで、性的な世界の孤独ではない。

 神の僕として農耕社会に生きた人間には、現代人のような孤独はなかった。
しかし、近代になると、神に替わって人間が世界を創らなければならなくなった。
創造主こそ孤独なのだ。
その孤独を自立しつつある女性も、いま創造の孤独を味あわされているはずである。
創造の孤独は、性的な関係の欠落とは関係ない。

 ジュディ・デンチもケイト・ブランシェットも演技は上手いが、
64歳の老監督に時代を見る目はないようだ。
  2006年のアメリカ映画    (2007.6.8)

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る