タクミシネマ           ディパーテッド

 ディパーテッド    マーチン スコッセシュ監督

 ハリウッドでは、映画のネタが枯渇し始めたのだろうか。
香港映画「インファーナル・アフェアー」のリメイクだという。
原作を見ていないので、両者の比較はできない。
この作品だけを見ての話だが、充分に楽しめる映画に仕上がっている。
しかし、いくら「ディパーテッド」というタイトルでも、すこし殺しすぎじゃないだろうか。

mdbから

 警察からも囮捜査員が、ギャング団からもスパイが、
互いに入り込んでいるという設定自体が、この映画の何よりも取り柄である。
その意味では、原作を越えていないのだろう。
悪徳警官が情報を流すといった設定はあったが、
ギャング側から警察のなかに、スパイを侵入させるのは難しいだろうと思うが、
それを自然に感じさせている。

 コリン(マット・デイモン)は小さな時から、ギャングの親分フランク(ジャック・ニコルソン)の世話になってきた。
警察学校へのお金も、彼にだしてもらったのかも知れない。
優秀な成績だったのだろう、彼は卒業と同時に、特別捜査課に配属になった。
彼はただちに情報を、親分に流し始める。


 一方、犯罪者の一族に生まれたビリー(レオナルド・ディカプリオ)は、
警察学校をコリンと同時に卒業しながら、極秘捜査員となってギャングの組織に潜入させられる。
彼の家族関係が、ギャングになりすますには最適だったのだ。
話はこれだけである。
警察はギャングの活動を押さえるべく動くが、それをコリンが知らせてしまい、フランクを逮捕できない。
しかも、両方の組織とも、スパイが誰だか判らない。

 本当なら、両方とも組織の人間たちは、スパイが潜入していることなど、気がつきもしないだろう。
この映画のように、スパイが潜入していると少しでも疑われたら、
発見されるのは時間の問題である。
しかし、そこはお話である。
スパイが潜入しているのは確かだが、それが誰だか判らないという設定である。
しかも、観客は誰がスパイだか知っている。
このカラクリが、観客をハラハラさせる。

 ビリーの正体が正体がばれて、いつ殺されてしまうか。
それが気がかりなので、観客は緊張感を持続して、見ることを強いられる。
映画の作り自体は、けっして緻密なわけではなく、
むしろ同じパターンの繰り返しで、やや冗漫ですらある。
しかし、最初から種明かしされて、秘密を共有させられた観客は、ジェット・コースターから降りことができなくなってしまった。

 警察にいるコリンは正体がバレても、刑務所に収監されるだけで殺されることはない。
ギャングに潜入したビリーは正体がバレたら、すぐに殺されるだろうから、
彼のほうが圧倒的に危険な立場である。
この2人を等価にするために、コリンには出世欲と恋人のマドリン(ビーラ・ファミーラ)が組み合わされる。
マドリンは警察官のカウンセリングをする女医で、なぜかビリーのカウンセリングも引き受けている。

 マドリンをあいだにして、ビリーとコリンは繋がっているのだが、
近くまで接近させながら決して会わせることはない。
ハラハラを2倍にしており、このあたりの作り方は上手い。
コリンと最初にベッドに入ったときには、コリンが不能だったが、やがてマドリンは妊娠する。
マドリンはコリンと同棲するほど親密なのに、なぜかビリーともベッドをともにする。
どちらの子供だかは、明らかにされない。


 ビリーが警察のスパイであることが、バレそうになるシーンがあるが、
真相を知ったギャングが死んでしまう。
これはちょっと不自然である。
しかし、レオナルド・ディカプリオの演技は上手い。
スパイを演じる重圧から、彼が厳しい顔になっていく様子が、時間をおって画面に描かれる。
そして、スパイから解放された時の明るい顔と、きわだった対象をなしている。
こうした表現こそ、演技というのだろう。

 マット・デイモンも決して下手な役者ではないが、レオナルド・ディカプリオの前では影がうすい。
ところで、オスカー俳優であるジャック・ニコルソンは、パターン化した演技で、
もはや彼の演技を云々する時代ではない。
同じ時代のメリル・ストリープが通用しているのだから、彼は演技の研鑽をさぼっているのだろう。

 最後にコリンは、ビリーの後ろ盾だったディグナム巡査部長(マーク・ウォールバーグ)に報復殺人されるのだが、
その時にコリンが納得の笑いを見せる。
我が国の映画は、悪人の描き方が下手だが、
悪人が悪人である自覚をもった西洋映画らしく、悪人の性格描写に立体感を与えており、このエンディングは良かった。

 映画に登場するコンピューターは、マックやvaioなどが多かったが、この映画ではデルが使われていた。
アメリカでも警察では、デルを使っているのだろうか。
それとも、デルが販促のために、コンピューターを提供したのだろうか。
ダサいデザインのデルは、警察にはお似合いだった。
その意味では宣伝になったのか、ちょっと疑問である。

 映画の冒頭では、カソリックとアイリッシュの関係など、
日本人にはわかり難い描写もあるが、素早いカットで少しも退屈ではない。
そして、フランクがジェームズ・ジョイスの言葉を引用したりして、
ギャングも親分になると教養のあるところを見せる。
この映画の劇場パンフレットに書かれた、町山智浩の「神なき世界」は読み応えがあった。
 2006年アメリカ映画
  (2007.2.8)

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