タクミシネマ      キャデラック・レコード−音楽でアメリカを変えた人々の物語

キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語
ダーネル・マーティン監督

 ビヨンセが製作に絡んでいると聞いていたので、ビヨンセを売るための映画化かと躊躇していた。
しかし、それは杞憂だった。
黒人音楽の勃興期、人種差別の厳しいなか、黒人たちは1人の白人レナード(エイドリアン・ブロディ)に助けられて、音楽を自分たちのものにしていく。

Still of Adrien Brody and Columbus Short in Cadillac Records
IMDBから

 1941年から映画は始まる。
出世を夢見るレナードは、シカゴの黒人街でクラブをはじめる。
そこへ南部からでてきたマディ・ウォーターズ(ジェフリー・ライト)と、地元のリトル・ウォーター(コロンバス・ショート)がやってくる。
ギターとハモニカの彼等の演奏は、抜群の力があり、レナードを虜にした。

 レナードは2人を売り出すために、チェス・レコードを立ち上げる。
まだ、黒人と白人が、分離されていた時代のことだ。
ポーランド出身のレナードは、人種差別意識を持たなかったが、時代はそうではない。
さまざまな障害を乗りこえて、チェス・レコードは黒人音楽をメジャーなポピュラー音楽へと成長させていく。


 レナードは、ロックンロールの創始者であるチャック・ベリー(モス・デフ)をうみだし、女性歌手であるエタ・ジェイムス(ビヨンセ・ノウルズ)などを発掘した。
新興の音楽業界では、新たなスタイルが次々に産まれる。
しかし、まだ誰も安定した生活はできない。
もともとブルースが生活の歌だとすれば、生き方も破天荒になる。

 手堅いギター奏者のマディですら、女・酒などに大金を費やしていく。
衝動的なウォーターは、麻薬にも手をだし、警官とも衝突しトラブル・メーカーとなる。
エタだって、麻薬に溺れる。
質素な日常を送ったチャック・ベリーは、ファンの女の子に手をだして、未成年保護条例違反で、刑務所に収監される。

 新たな音楽が立ち上がってくるエネルギーが、画面の奥底から感じられて、むしろ日常生活の逸脱は当然と思える。
現代だって、追っかけの女の子に手をだすのは当然だろう。
ステージが終われば、開放感から酒や麻薬に手をだすだろう。
ましてや、あれだけ衝撃的な音を出すのは、平常心でできるはずがない。
表現者とは一面では狂人なのだ。

 この映画を見ると、現代のポピュラー音楽に、いかに黒人が大きな役割を果たしたかわかる。
ビーチ・ボーイズがチャック・ベリーをパクッたのは有名だが、ローリング・ストンズもレッド・ツェッペリンもマディを尊敬し、ビートルズも影響を受けたという。
マディはやがて流行に追い越されていくが、それでもヨーロッパへと招待される。

 当時はまだ著作権など確立しておらず、作曲家にギャラが支払われなかった。
しかし、黒人たちは少しずつ権利意識に目覚め、著作料を獲得していく。
20世紀後半の音楽文化の創造は、アメリカの黒人から始まったのだ。
あたらしい時代のうねりを、スクリーンから感じさせ、1950年代以降がアメリカの時代だったことが判る。


 太平洋戦争当時には、黒人たちは分離されていた。
それから60年。
アメリカは黒人の大統領を生みだすまでになった。
差別の克服に、これほど真摯な国があるだろうか。
ヨーロッパのどの国としても、人種差別を解消していないし、人種差別があることさえ認めようとしない。
フランスだってイギリスだって、黒人があれだけいるのに、1人の財界人も政府高官も出していない。

 イギリスのインド・パキスタン差別は有名だし、フランスのアラブ差別、ドイツのトルコ差別など、上げればきりがない。
こうした国では、有色人種を自国の便益のために使いながら、それなりの地位を与えない。
それにたいして、アメリカではチェイニーといい、ライスといい、少数ながら有色人が活躍している。
これは凄いことだ。

 この映画をみていると、差別解消に音楽の果たした役割が、大きかったことが判る。
それも新しい音楽を生み出せたからだろう。
新しいということは、先入観がないので、若者を引きつける。

 音楽は白人と黒人のさかいを、とびこえたのだ。
聞いている若者たちが、黒白の線を自然のうちに越えてしまう。
ノリのいい曲に、白人の女性ものってしまうのだ。
警官たちが黒白を分けようとしても、大勢の聴衆には逆らえない。

 今では若者は誰もシャンソンなど聴かない。
ブルースから始まって、ロックンロール、ラップなどなど、新しい音楽はすべてアメリカが生みだした。
ネットもそうだが、ポピュラー音楽のスタンダードは、アメリカが作ったのだ。
音楽そのものの素晴らしさもさることながら、何よりもアメリカの時代を感じさせる映画である。
原題は「Cadillac Records」
2008年アメリカ映画

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