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女性の自立は、女性に幸せをもたらすとは限らない。 職業を手にした女性たちは、男性と同じ収入を手にしつつある。 保護は差別の裏返しだから、男性は女性を保護しなくなった。 やさしくエスコートしてくれる恋愛の相手が、いなくなってしまった。 男性が結婚から逃げるようになった。 仕事を手にした女性たちが、恋愛相手に餓えている。 そんな現代を、やや昔風のタッチで描いている。
女性は自立を求めた。それは男性の保護を不要だ、と宣言することだった。 我が国では、いまだに可愛い女性がもてるし、女性たちは巧みに可愛さを演技している。 それでも我が国の男性も、結婚しなくなった。 アメリカでは可愛さを演技しても、ほとんど通用しない。 可愛い女性は子供っぽく見られて、恋愛の戦場では勝ち目がない。 仕事ができる女性たちだが、男性が欲しいことは変わりない。 仕事ができればできるほど、異性との出会いが欲しい。 英雄が色を好むのは、男性とまったく同じである。 しかも、最高のパートナーがいるはずだという、恋愛幻想が大きく幅を利かせている。 そのため、お気に入りの男性を見付けようと、女性たちは必死である。 男友達はいても、恋人にならないのだ。 男心を知ろうと必死だが、ていよく振られてしまう。 職場で同僚の女性たちに相談するが、優しく慰められるだけである。 同僚のベス(ジェニファー・アニストン)は、ニール(ベン・アフレック)と7年も同棲しているが、非婚主義者の彼は結婚したがらない。 ニールに迫ったところ、あっさりと破局になってしまった。 すでに結婚しているジャニーン(ジェニファー・コネリー)だったが、夫のベン(ブラッドリー・クーパー)はアンナ(スカーレット・ヨハンソン)に籠絡されて、離婚してしまった。 ゲイ雑誌の編集者メアリー(ドリュー・バリモア)は、ストレートの男性との出会いがない。 対する男性陣は、アンナに振り向いてもらえないコナー(ケビン・コノリー)。 女性にクールなアレックス(ジャスティン・ロング)と、さまざまに登場するが、この映画の男性たちには女性に飢えてはいない。 かつては異性を求めるのは、もっぱら男性であり、男性が異性に飢えていた。 映画はもてない男性の嘆きを描いたものだ。 しかし、現代では状況はいささか違う。 女性に主導権を握られているのは、アンナに執心のコナーだけだ。 そのコナーだって、結局はメアリーと結ばれる。 アレックスはレストランの経営者として、多くの女性に囲まれて、遊ぶ女性に不自由はしていない。 ベンはアンナに言い寄られているし、既婚者だと言っても、なお迫られている。 4人の女性たちが、それぞれに男性と悪戦苦闘するのだ。 もはや女性は、待つ立場ではない。 女性は男性から選ばれる存在ではなく、女性も男性と同じように、異性を選ぶ存在になっている。 だから、女性も男性の心を読んで、自分を売り込まなければならない。 しかし、台頭した女性の恋愛は難しい。 ジャニーンはベンに禁煙を求めるが、ベンは禁煙できなくて、隠れて吸っている。 彼女はそれが判ると、彼を許せない。 もちろん浮気は許せないのだが、離婚まで望んでいるわけではないのに、結局は離婚に至ってしまう。 このあたりは、エリック・ゼムールが「女になりたがる男たち」で描くように、現代女性の姿がよくでている。 この映画は、恋愛に餓える女性たちを、決して非難してはいない。 むしろ、やさしく温かい目で見ている。 アメリカでも自立した女性は、まだ少数だし、彼女たちの目にかなう男性は、もっと少ないのだ。 ベスの恋人ニールは非婚主義者だが、家事もするし、何よりもベスに優しい。 非婚主義者が通用するのは、大都会だけらしい。 ベスは妹の結婚式のため、生家に帰る。 すると、旧態依然たる男性たちを発見する。 父親が心臓病でたおれても、男性たちはフットボールに夢中で、家事をやろうとしない。 ベスは父親の面倒と、居候たちの食事の面倒まで見なければならない。 あらためて、ニールの良さを知る。 おそらく、いまだ家事をしない男のほうが多いのだろう。 アメリカに限らないが、どこの国も、大きな田舎をもっている。 田舎は古い生活習慣が、なかなかかわらない。 我が国でも、男性の郷里へ帰ると、女性たちは嫁として、こき使われるであろう。 婿は上げ膳・据え膳だが、嫁は働いて当然と見られている。 男尊女卑は西洋では300年、我が国では150年くらいの歴史をもつ。 変化はそう急激には完成しない。 それでも、こうした映画が徐々に、女性の地位を上げていくだろう。 この映画には、貧乏な女性は1人も出てこなかった。 おそらく女性たちは、全員が大学卒業だろうし、こぎれいなアパート暮らしである。 女性が自立するには、サービス産業従事でなければ、不可能である。 フェミニズムは裕福な都市に住む女性のものだ。 映画としてみると、ちょっとよく判らない点もあった。 ちょっとだけ描かれたベスの生家の風景を加えて、田舎の男性が男尊女卑とはじめて判る。 ベスの妹の結婚式のエピソードを除いてしまうと、女性たちのたんなる男あさりの映画になってしまう。 何を言いたいのか、もう少し鮮明にして欲しかった。 邦題には大いに問題がある。 原題は「He's Just Not That Into You」であり、「彼は貴女に興味がない」とでも訳される。 にもかかわらず、「そんな彼なら捨てちゃえば?」では、まったく反対だろう。 しかし、この邦題のせいか、公開して2週間たつのに、客席は若い女性であふれていた。 ほとんどが若い女性の2人連れで、男女のカップルは2組程度。 彼氏を捨てようとする女性が多いのだろうか? 二十歳そこそこの女性たちに囲まれて、老人は身の置き所がなかった。 2009年アメリカ映画 |
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