タクミシネマ     新宿インシデント

新宿インシデント   イー・トンシン監督

 1990年代の我が国の話である。
若狭湾に貨物船が座礁している。
その前の浜辺には、セイウチのような黒い塊が、ごろごろ散乱している。
やがてそれが人間だと判ると同時に、中国からの密入国者の群れだとわかる。
彼等は一目散に上陸していく。

All Cinemaから

 その中の1人である鉄頭(ジャッキー・チェン)は、幼なじみで恋人のシュシュ(シュー・ジンレイ)をおって、日本に密入国したのだった。
わずかな日本円をたよりに、若狭湾から新大久保までやってくる。
当時は、中国から我が国への密入国が多く、新宿の歌舞伎町には中国人マフィアが跋扈していた。

 新大久保の街には、中国人や韓国が集まって住んでいた。
彼は知り合いがいるそこに身をおいた。
シュシュはヤクザの若頭である江口(加藤雅也)の妻になっており、幸福な生活を送っていた。
鉄頭は出国時に役人を殺しており、もう故国には戻れない。
密入国者の生活は厳しい。
しかし、ひょんなことから江口とつながりができ、マフィアやヤクザの抗争に巻き込まれていく。

 
 江口から2人の暗殺を引き受け、交換に身分証明書と、歌舞伎町での台湾派のシマを譲り受ける。
彼はまじめに働こうとし、トラクターの販売会社を作るが、もともと殺人から出発している。
お金が入るにしたがって、仲間たちは驕り、高慢になっていく。
そして、麻薬に手をだす者もでる。ヤクザと反中国人勢力、それに警察との抗争のなかで、彼は孤立していく。

 同じヤクザ映画でも、かつての我が国ヤクザ映画とは、まったく違う。
我が国のヤクザ映画は、様式美を追求していったが、そういったものはまったくない。
ヤクザを正当化することはまったくない。
密入国と犯罪、そして、異国で生きることを描いている。
きわめて現実的で、汚れた画面が連続する。
映画は小さな抗争にも、大勢の人間を登場させている。

 貧しい中国の生活。
お金持ちへの夢をみて、日本に渡る。
かつての我が国もこうだったのだろうか。
貧しい戦前、日本人たちもブラジルやハワイへ移住したが、密出国してまで渡航したのだろうか。
ベトナムのボード・ピープルと言い、難民と言い、海外へとでる意欲はどこから来るのだろうか。

 パスポートを持った正規の移民でも、一世は厳しい生活を強いられる。
ましてや密入国では、生きていくのすら困難である。
刑事(竹中直人)を助けたことから、彼には幸運がついてくる。
徐々に勢力を拡大していくが、おきまりの仲間割れと、敵との抗争で、結局は死んでしまう。


 日本人俳優と中国人俳優を半分ずつくらい登場させ、ヤクザの儀式などもよく考えられている。
またセットだというが、新大久保の狭い部屋に、大勢の中国人が住んでいるのも、かつての我が国を思い出させる。
ジャッキー・チェンといえば、カンフー・アクションというのが通り相場だが、まじめに撮られた映画である。

 日本の警察がはでに発砲するとか、立ちんぼの刈り込みをやったり、ちょっと日本的ではないシーンもある。
しかし、裏の世界にいるギトギトしたアジア人たちの生態が、よく画面にあらわれており、面白い映画に仕上がっている。
カットも短く、テンポがいい。
竹中直人の気持ちの悪い演技もないし、見得を切る俳優もいない。
群衆をたくさん使っているのも、予算が充分にあるからだろうか。
 2009年香港映画


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

 「タクミ シネマ」のトップに戻る