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ハンコック
ピーター・バーグ監督

 スーパーマンが悪人という、とても面白い着想で、どんな展開になるのだろうか、と興味が引かれた。
主人公を悪人にするのは、興行を考える映画にとっては、勇気がいることである。
しかも、スーパーマンという正義の味方を、悪人にしてしまう大胆さである。

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IMDBから

 主人公のハンコック(ウィル・スミス)はスーパーマンだから、本来なら正義の味方で、人気者のはずである。
なぜ彼が、問題視されているか、最初のうちは平凡な説明である。
たしかに彼は正義の味方なのだが、やり方が派手すぎて、犯人を捕まえるよりも、彼の行為による被害が大きくなってしまう。
だからありがた迷惑なのだ、と判ってくる。

 そんな彼は、今日も踏切で立ち往生している車から、列車と衝突する直前に、レイ(ジェイソン・ベイトマン)という広告屋を助けた。
このときにも、レイを助けるために、貨物列車を1編成そっくり毀してしまう。
アメリカの貨物列車は長い。それを全部毀してしまう。
またまた評判が悪くなる。
しかし、助けられたレイは感謝する。

 彼のようなスーパーマンは、地球上にたった一人しかいない。
彼は王者の孤独に襲われ、他人との関係が作れなかったのだ。
レイはハンコックに、スーパーマンはヒーローなのだ、と言って聞かせ、イメージの転換を図らせる。
ハンコックは孤独ではない、他人に感謝すれば人間関係も充実する。
そうレイは言ってきかせる。

 この映画は、着想につきる。
こんな映画はアメリカでしか思いつかないだろう。
いかにもヒーロー好きのアメリカ映画である。
ヒーローと王者の孤独、ともに我が国では馴染みが薄い。
個人の人格がはっきりした社会では、誰でも孤独になる。
孤独の裏返しとして、ヒーロー願望も生じる。

 1人だと思っていたハンコックに、実は同類がいたという展開がおもしろい。
レイの奥さんであるメアリー(シャーリーズ・セロン)が、スーパーウーマンだったのだ。
しかもレイはそれを知らない。
夫婦でそんなはずはないだろうと、ここはちょっと嘘っぽいが、これには目をつぶろう。


 ハンコックとメアリーの出会いの仕草が、恋に落ちるときの表情で不自然なのだが、その不自然さが合図になっている。
最近の映画では、白人は白人、黒人は黒人同士で結ばれるシーンが多い。
黒人と白人の2人が結ばれることはない。
それに、幸福そうなレイに、メアリーが浮気するはずがない、と不思議に感じたシーンである。

 黒人と白人の恋愛映画は少ない。
黒人のウィル・スミスと白人のシャーリーズ・セロンが、恋に陥るはずはないと思っていると、かつて彼等は夫婦だったというのだ。
過去に夫婦だったというのであれば、ラブシーンを演じなくてもすむ。
たぶん、こうして人種差別は克服されていくのだろう。
幸せな生活を壊されたくないメアリーと、困りもののハンコックとの闘争が、街を狭しと展開される。

 スーパーマン同士が近くにいると、能力が下がっていくという設定も面白い。
しかし、この設定はちょっと苦しいだろう。
病院でのシーンなど無理が目立つ。
そのため後半になると、まったく面白さが消えてしまう。
オリジナルの脚本らしいが、面白いストーリーをつくるのは難しいのだ。

 悪なるヒーローという、アメリカにして初めて語りうる主題を、娯楽作品に仕上げるのは大変な作業なのだろう。
お金はかかっているが、オリジナルであるだけに、新たな主人公をつくるのは難しいと思う。
偉大な失敗作だろう。
原題は「Hancock」
 
 2008年アメリカ映画   (2008.09.05)

後日談:
主人公のハンコックはアメリカのことではないか、という指摘を友人から受けた。たしかに、その可能性はあると思う。
 地球の警察官、正義の執行者だったアメリカが、イラク戦争以降はとても評判が悪い。この映画の主人公のようだと考えても、何の不思議もない。


 映画製作者たちは、ひそかにアメリカ批判をしているのかも知れない。
そして、かつて夫婦だったメアリーはイギリスだと考えると、この映画のおもしろさが増す。
友人の指摘は案外に当たっているかも知れない。
であれば、必ずしも失敗作とは言えないだろう。


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