タクミシネマ       アキレスと亀

 アキレスと亀    北野武監督 
Takeshi Kitano

 倉持家の御曹司として生まれた真知寿は、絵を描くのが好きだった。
財閥である倉持家には、全員がご機嫌をとっている。
金持ちへのへつらいは、初期工業社会の典型的な行動様式である。
その御曹司には、村の誰も逆らわない。
絵が好きだと言えば、教師も勝手を許すし、電車もとまる。


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アキレスと亀

 いささか自閉症的な彼は、父親(中尾彬)の財力に守られていた。
しかし、繭の暴落から、倉持家は破産。
父親は自殺してしまう。
絵を描くことしか興味のない彼は、ただ絵を描き続ける。
自分の才能にはまったく不安を持たず、画布にただ絵の具を塗りつけていく。
成人すると、彼(北野武)は芸術しようとする。

 描いた絵を画商に持ち込むが、売る気のない画商は良いようにあしらう。
絵はまったく売れない。
会社の同僚である幸子(樋口可南子)は、真知寿の芸術にあこがれて、何も判らないのに結婚してしまう。
幸子の支えを得て、彼は芸術を続けていく。
しかし、彼には表現の才能がない。

 画商の言葉に右往左往して、彼は有名画家の真似や流行を追いかけてみる。
もちろん売れるわけがない。
どんなに苦労しても売れない。
むかし描いた絵が、彼の知らないところで喫茶店に掛かっていたりするが、とにかく認められない。
どんなに苦労しても、絵は売れない。


 彼のやることは、おおよそ表現からかけ離れたことばかり。
たったひとつ、表現者らしき行動は、死体置き場で死んだ娘の顔を、口紅で写し取ろうとしたことだ。
しかし、この常軌を逸脱した行動は、幸子の理解を超えた。
とうとう妻の幸子は、愛想を尽かして出ていく。
それでも彼は芸術を続ける。

 力つきて開き直り、フリーマーケットでコーラの空き缶に、20万円の値段を付けて座る。
そこへ幸子が現れて、夫婦のよりが戻るというエンディングである。
いったい何が言いたかったのだろうか。
無能な画家の奮戦? 
絵画の評価システムの欠如? 
最初は、芸術の話としてみていたが、結局は夫婦愛の映画だったのだろうか。

 この映画の主題が夫婦愛だとしたら、ずいぶんと酷い映画である。
夫である男性の真知寿が、自分の好きなことに没頭し、妻の女性はそれに従うだけ。
しかも、妻が逃げたときが、芸術に開眼しそうなときで、そこへ元の妻が帰ってくる。
女性に守られた男性が、これからも勝手なことを続けていくのだろう。
こんな夫婦愛が肯定されて良いはずがない。

 北野映画のご多分にもれず、今回も不器用な科白、唐突な演出である。
それでありながら、鋭い美意識。
自分の死を演出したシーンは、壁から床天井と、すべて真っ赤に塗ったなかで、彼は黒塗りの額入り肖像画におさまる。
このシーンは衝撃的である。

 映画のなかに登場する絵は、おそらく彼の描いたものだろう。
その絵はなかなかに凄い。「HANABI」のときにも、彼の絵の才能には驚いたが、今回もやっぱり驚かされる。

 しかし、映画のほうはダメである。
きちんと脚本をつくるべきだし、コンテも描くべきである。
またエピソードも練り込むべきである。
子供時代の映像が、きちんと作り込まれていたのに対して、成人後は思いつきが目立つ。
トイレで売り専をした男の子と親爺、それにヤクザのエピソードは、短絡的な思いつきであろう。
物語との関係が薄い。


 今回は表現という曖昧なものを、主題に選んでいる。
これはとても良い。
怪しげな画壇や画商の評価システム。
師弟関係や公募展のありかた、などなど問題にすべき点はたくさんある。
伊丹十三監督のように、表現を社会的な切り口でというのは、この監督には合わないだろうが、主題の詰め方が甘いので、結局は夫婦愛の映画になってしまった。

 きわめて不自然で技巧的なセットや、時代考証を無視したシーンなど、映画からは彼の力を感じはする。
しかし、着想を消化する時間をとって、煮詰めるべきだ。
子役が演じる子供時代と別の俳優が演じる青年時代と、監督自身が主演を演じる後半とが、煮詰めかたにおいて大きく違いがある。

 主人公を別人が演じる部分は、きちんと詰められて映画になっていたが、自身が主人公になってしまうと、思いつきがめだってくる。後半は、主題の詰めが甘いので、役者たちも戸惑っている。
彼は現場での演技指導ができないのだから、役者たちを納得させて演技させるべきだ。

 器用で、しかもそれなりに力のある人だから、映画としてまとめてくるが、映画監督より画家のほうが、向いているように感じる。

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