タクミシネマ        私がクマにキレた理由

私がクマにキレた理由
シャリ・スプリンガー・バーマンロバート・プルチーニ監督

 ニューヨークのイースト・サイドに住むお金持ちたちの生態を、ナニー(乳母)の立場から描いたものである。
金持ちたちへの強烈な皮肉になっている。
男性たちは仕事に邁進し、家庭をかえりみない。
妻たる女性は、専業主婦でありながら、まったく家事をせずに、子育てにも無関心である。


IMDBから
 主人公のアニー(スカーレット・ヨハンソン)は、文化人類学を専攻して優秀な成績で、今、大学を卒業した。
母親(ドナ・マーフィ)は女手一つで彼女を育てた。
彼女はアニーに金融機関に就職して欲しくて、リクルート・スーツをプレゼントした。
しかし、彼女は自分探しのため、ナニーになってしまう。

 大卒の白人で、ネイティブ英語の話者である彼女は、ナニーには引っ張りだこである。
X家に乞われてナニーになってみたが、雇い主たちの勝手な生活に振り回される。
前のナニーもあっという間に辞めていった。
彼女も辞めそうだったが、文化人類学のフィールド・ワークと考えてナニーを続ける。

 しかし、如何せん大学を出たばかりでは、観察するつもりも、環境に染まっていくほうが早い。
賃金を支払うほうと、貰うほうでは、立場がまったく違う。
人を使い慣れたX夫人(ローラ・リニー)に、いいように使われる。
とうとう切れて、ナニー監視カメラに八つ当たりして、X家をとびだしてくる。 

 X家の住む同じアパートに、格好いい男の子ハーヴァード(クリス・エバンス)が住んでおり、彼のほうからアニーに一目惚れ。
X家を飛びだしてきても、彼とのあいだは続いてハッピーエンドという、コミック映画である。
取りたてて言うべきことはないが、子供を巡るアメリカ映画の1本である。


 女性も職業を持つようになったが、大金持ちの奥さんは、専業主婦であることが多いらしい。
夫は仕事に忙殺され、奥さんは子供そっちのけで、遊びほうけている。
子供はナニーに育てられ、しかも、ナニーは簡単にクビになる。
子供にとって、教育環境は最悪である。

 アニーのようなお気楽ナニーは、ほとんいない。
多くはプエルトリコ出身とか、中南米出身の貧乏な人たちである。
彼女たちは生活がかかっているので、簡単に辞めるわけにはいかない。
屈折していくだろう。雇い主への報復として、陰で子供をいじめるかも知れない。

 乳母の養育が当然視されていた時代と違い、いまでは母親の愛情が不可欠と考えられている。
映画のなかの話とはいえ、ハーヴァードは9人のナニーに育てられたという。
これでは安定して愛情を注いでくれる大人がいない。
現代の育児観のもとでは、子供は情緒不安定になるのは必定である。

 我が国でも、経済格差が言われだしているが、アメリカではすでに階級分化がかなり進んでいるようだ。
かつて王様たちは、子育てを乳母に任せっきりにし、子供に今言うところの<愛情>を注ぐことはなかった。
血縁という身分制が、子供の成長を支えていた。
そして、貴族という特別のメンタリティを持った人間を育てた。

 今では血縁が無意味になったので、お金があるか否かが階級を決める。
それは子供の時からの教育に尽きる。
そうでありながら、お金持ちと庶民とのあいだには、人間的な違いはないと前提されているから、ナニーに子育てを任せる少数のお金持ちたちは、歪んだ生活であり性格と見られる。

 血縁は事実であり、血縁の親子関係を否定することはできない。
しかし、お金の多寡は作為の結果であり、親子関係も不安定である。
新たな階級が独自の親子倫理を完成するまで、親子関係は浮遊し続けるであろう。
この映画は、現在の子育てを前提にしているが、血縁の親子を大切にすべきだ、という方向を指向している。


 庶民の女性たちは、いまや共稼ぎが当たり前になり、女性もフル・タイムで働いている。
共稼ぎの家庭でも、プエルトリカンやヒスパニックなどのマイナリティが、ナニーをやっている。
共稼ぎの親たちは、どんな親子関係を作っていくのだろうか。
今後の大きな問題である。原題は「The Nanny Diaries」
2007年アメリカ映画
(2008.10.13)

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