タクミシネマ    フィクサー

 フィクサー     トニー・ギルロイ監督

 スティーブン・ソダーバーグ(製作総指揮)とジョージ・クルーニーのコンビは、今ノリにノッている。
シビル アクション」や「エリン ブロコビッチ」と同じような、社会派ともいうべきこの映画もイキがよく、映像で展開しており面白い。
星を一つ献上する。

フィクサー [DVD]
劇場パンフレットから

 マイケル(ジョージ・クルーニー)は、同僚からひき逃げ事件のもみ消しを依頼されて、
深夜クライアントの家に行く。
帰り道、車から降りて、息抜きをする。
ちょうどその時、車が爆破された。

 爆破シーンから、ただちに4日前へと戻る。
完全にタネを明かしているわけではなく、事件があったことを観客に教えている。
そして、謎解きへと観客を誘い込んでいく。
この時間を逆転する展開が上手い。

 弁護士であるマイケルは、600人を抱える法律事務所の汚れ役(掃除屋=ジェネター)をやっている。
表に出せないような処理を、彼は一手に引き受ける。
ラインの正統派ではないが、事務所のなかで、それなりの地位を築いた。

 しかし、彼には闇ポーカーという道楽があり、借財も多かったらしい。
しかも、老後対策として弟と開いたレストランをつぶしてしまった。
その借金に追われている。
ダーティな彼には、出世街道は無縁なのだ。

 彼は金に転ぶ男であり、しかも、いま金に困っている。
そんな時、法律事務所は事務所の合併と、大規模な薬害訴訟を抱えていた。
製薬会社のまき散らす被害に怒った農民が、製薬会社を訴えている。
彼の勤める事務所は、製薬会社から依頼されており、白を黒と言いくるめなければならない。

 この事件を担当していたアーサー(トム・ウィルキンソン)が、良心の呵責に絶えかねて、原告側に寝返ってしまう。
彼は原告のアンナ(メリット・ウェヴァー)に接近し、資料をわたそうとする。

 アーサーの持っていた資料が公表されれば、製薬会社側が負ける。
それを防ぐために、製薬会社の法務部長であるカレン(ティルダ・スウィントン)が、殺し屋を雇ってアーサーを殺してしまう。


 同僚であるアーサーの死に疑問を抱いていたが、マイケルは青臭い正義漢ではない。
見過ごそうとしていたが、事件に深入りしすぎてしまった。
そこで彼も殺されそうになった。
それが冒頭の爆破である。

 話としては単純で、ありふれた展開ではある。
しかし、この映画の優れているのは、人物設定と、伏線の張りかたである。
マイケルは離婚しており、辛うじて子供と会うだけ。
ギャンブル狂いの彼は、家族や兄弟の間でも、けっして歓迎されていない。
しかも、レストラン経営にも失敗して、マフィアからの借金もある。

 原告側に寝返ったアーサーは、ストレスから神経障害になり、それを薬で抑えている。
そして、事務所は合併を目前にしており、この訴訟に負けるわけにはいかない。
こうした背景があるから、物語が自然に感じる。

 この映画も、現代アメリカ映画の美点をひいているので、物語はじつにテンポよく進む。
マイケルの家族背景など、ほとんど説明なしに話に入ってしまう。
よく注意していないと、展開についていけないほどだ。
(最初は、カレンが製薬会社の法務部長ではなく、法律事務所のナンバー2だと誤解してしまった)

 この映画の主人公は、もちろんマイケルだが、製薬会社の法務部長カレンが大きな役割を担っている。
最初のうちは、カレンが脇の下に汗をかくシーンの意味が、まったく判らない。
しかも、彼女が入念にプレゼンテーションの予行演習をしているのも意味不明。
カレンの役割が、この映画のもう一つの主題でもありそうだ。

 女性の社会進出が普通になったアメリカでも、大手製薬会社の法務部長になるのは、いまだ困難だろう。
その困難なことを、カレンはやり遂げている。
彼女は優等生だったに違いない。
優等生の例にもれず彼女は、プレゼンテーション前日には、きちんと予行演習をする。
完璧な法務部長だった。

 彼女は必死で働いている。
しかし、彼女はボスのティーチャーズ ペットだった。
法律家として良心に忠実であることを忘れ、製薬会社を維持することに邁進してしまった。


 この映画は、フェミニズム批判を意図しているように感じる。
女性が社会進出するのは良い。
しかし、女性は小粒な正義漢か、反対に体制べったりの強権的になりやすい。
つまり、女性は清濁併せ呑む度量に欠け、組織の論理に絡め取られやすい、と言っているようだ。

 女性の見方を重視するといって、女性を重用する時代遅れはもはやないだろう。
しかし、女性は正義を追求するつもりが、視野の狭さから、反対の結果になりかねない。
このカレンも必死に働いて、大企業の法務部長の地位を得た。
必死な働きの延長が、薬害をまきちらす大企業に味方することに結果し、しかも殺人へとつながっていった。

 現代社会の中で、男性は小さな時から社会性を訓練されて育ってくる。
だから、マイケルやアーサーのように、逸脱もするが、かろうじて正義を知っている。
しかし、女性は社会性の訓練がなされないから、どうしても身内の論理にしたがってしまう。

 男女を並べれば、頭脳の優秀さに優劣はないだろう。
女性もカレンのように法律家として、充分にやっていける。
しかし、優秀な女性であればあるだけ、おバカな脱線ができない。
視野が狭くなり、自分の属する世界の論理に絡め取られやすい。

 格好悪い主人公に、エリートが屈する映画は今までもあった。
この映画では、エリートが女性である。
あえて女性をキャスティングして、ダーティでおバカな男性のマイケルと対比さている。
そこに映画製作者たちの意図を感じるのは、深読みしすぎだろうか。
マイケルの格好悪さが強調して描かれていただけに、優秀でスマートなカレンのひ弱さが浮き上がってきていた。

 映画はアーサーの遺志が実現されて、事務所の犯罪が暴露されて終わる。
これで合併話はご破算になり、この事務所は倒産だろう。
マイケルも含めて、600人が路頭に迷うことになる。
正義を貫くのは高価につくものだ。

 カレンを演じたティルダ・スウィントンは、この演技でオスカーをとっている。
原題は「Michael Clayton」
2007年アメリカ映画
(2008.04.15)

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