タクミシネマ        接 吻

接 吻    万田邦敏監督

 「それでもボクはやってない」以来、しばらくぶりの日本映画だが、やっぱりひどく落胆した。
画面が動くのだから、映画というのだ。
つまり、台詞で伝えるのではなく、動く画面で伝えるのが映画である。
にもかかわらず、この映画は画面が動かず、台詞だけが続いていく。

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接吻
公式サイトから

 遠藤京子(小池栄子)は平凡だが、ちょっと暗い会社員である。
ある日、一家殺人を犯した坂口(豊川悦司)が、テレビに映される。
彼は一家3人を殺したあと、逮捕される瞬間をマスコミに報道させる。
それを見た遠藤は、突然に彼に思い入れ、興味をもつ。

 彼女は各種の新聞を買い、彼の身辺を調べ始める。
すると、彼の生いたちや精神状況が、自分とそっくりであると思う。
それが彼への恋愛感情になり、裁判を傍聴したり、会社も辞めて拘置所の近くへと引っ越してくる。

 遠藤は坂口と同じ境遇だからと、勝手に彼に思い入れ、
差し入れなど、せっせと彼に貢いでいく。
彼女のつよい思いが、坂口との結婚まで行きつかせる。
しかし、坂口は殺した自分と、殺してない遠藤の違いを口にし始める。
一心同体だと思っていた遠藤は、坂口と同じになるべく殺人を決意する。
拘置所内で坂口を刺し、弁護士の長谷川(仲村トオル)殺そうとする。

 接吻が坂口とではなく、なぜ弁護士となのか、よく判らないが、それは問わないことにしよう。
そんなことより、映画として成り立っていないのだ。
まず、台詞が未消化である。
容疑者への弁護士の台詞が、私はあなたの味方です、だって! 
完黙している容疑者に、こんな台詞はないだろう。

 遠藤が坂口との結婚を口にすると、長谷川は口をきわめて坂口をこき下ろす。
それでいて味方だと言って弁護する、そんなバカなである。
弁護士だからといって、坂口に味方する必要はないが、
遠藤に対してあんな台詞はないだろう。
人間観察がないとしか言いようがない。

 女性の思いこんだら一直線を、描きたかったのかも知れないが、
恋愛に対する男女の感情の違いを描くのは、男女差別になりかねない。
坂口は自分で殺すことを決め、きっちりと実行している。
しかし、遠藤は殺人犯の感情に入り込み、彼の確信を切り崩し、人格を堀崩してしまった。

 坂口は殺人を犯すことによって、自己の存在証明を獲得した。
確信的に死刑になるつもりだった。
彼女は、殺人と死刑への確信に共感しながら、彼の確信を揺るがしてしまう。
そして、確信を揺るがしたことが許せないと、彼を殺すのだ。
自分も死刑になりたいからと、弁護士の長谷川も殺そうとするが、なぜか長谷川にキスする。

 容疑者の名前が坂口だったことも手伝って、
この映画を見ながら、連合赤軍の最後を思いだしていた。
男性たちがヒヨルのを、女性の永田洋子さんが止め、叱咤激励して殺し続ける。
思い込んだら一直線は、女性の特質だろうか。
自分と同じだから恋心を持つ、こんな人物設定が、とても貧弱に感じる。

 映画的に、リアリティがない。
遠藤の着ている洋服が、高価に過ぎる。
貧乏なはずなのに、着ている衣装がいつも違う。
ズボン姿が多かったが、パンツの当たり線がない。
ご飯を食べるとか、掃除をするといった日常生活の営みがない。
住んでいたマンションも、引っ越したアパートも、生活臭がまるでない。

 映画での主張を本当らしく見せるためには、
人物の日常を支えるものにリアリティがないと、観客はしらけるばかりである。
新聞のスクラップの仕方も疑問である。
日記にも誤字・訂正がまったくない。
リアリティを持ったうえに、観客を驚かせる主張が必要なのである。

 とにかく空虚な台詞が、延々と続き、途中で逃げ出したくなった。
そのうえ、色むらの多いカメラワークは素人のようだ。
ビジュアル的に優れているわけでもなく、これでは韓国映画には、まったく歯が立たないだろう。

 遠藤を演じた小池栄子は、目玉をぎょろぎょろさせるだけで、演技になっていなかった。
また、刺された坂口は、なぜ遠藤が刺すのだ、という顔をしなければならないのに、
彼の顔はまったく演技をしていなかった。
仙頭武則さんのプロデュースは、こんな作品を許してしまうのだろうか。 
 2006年日本映画
(2008.03.25)


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