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故フィリップ・K・ディックが、30年前に書いた原作の映画化だというが、監視社会と自己相対化の相対化という主題は、まったく古びていない。 麻薬の幻覚感をだすためか、実写がアニメーションにデフォルメされており、それが不思議な感じだった。
<物質D>とよばれる麻薬が、蔓延している7年後のカルフォルニア。 麻薬を撲滅するために、ホロ・スキャナーという監視装置が、あちこちに設置され、各人が監視されている。 麻薬捜査官のボブ・アークター(キアヌ・リーブス)は自ら囮となり、麻薬常用者たちと共同生活を送って、麻薬の出所を探っている。 しかし結局、麻薬捜査官も麻薬におぼれ、しかも彼自身も監視されていたという顛末である。 監視が自己を相対化させ、自己認識の手がかりを失っていくというのは、充分にあり得る。 スパイはスパイしていることに正しいという確信がなければ、 すべてが虚偽の世界に住むことになり、自己を見失っていくだろう。 囮捜査も同じことだ。彼が恋人だと思っていたドナ(ウィノナ・ライダー)も、 実は麻薬捜査官だったのであり、誰が誰を監視しているのか、まったく判らない世界である。 自己相対化による自己認識の溶融といった主題が、扱われているだけだ。 この映画の鍵は、人物特定を不可能にするスクランブル・スーツである。 麻薬捜査官は匿名性が必要なため、人物が特定されては捜査に支障がでる。 そこでこのスーツを頭からかぶると、150万人分の人間像が次々に表れて、外見からは誰だか判らなくなってしまう。 この着想が面白い。 ただ実写を撮りながら、それをアニメ仕立てにしたのは、ちょっと疑問が残る。 全編をアニメ仕立てにせずに、部分的にアニメを使った方が良かったのではないか。 アニメで上映されると役者たちが知っているためか、演技がオーバーというか投げやりな感じで、 演ずる繊細さがまったく感じられない。 もともとアニメでは、心理描写といった繊細な表現は困難だが、役者を使ってアニメに仕立てた理由が、イマイチ判らなかった。 この映画は、ワーナー・ブラザーズから配給されているが、 最後に過度に罰せられた者たちに捧げる、と字幕が入る。 つまり、麻薬を楽しみながら、麻薬をやったと理由だけで殺されたり、 精神障害者と扱われた者たちへ捧げたのである。 我が国では、麻薬中毒者は犯罪者と扱われるが、 ただ自分で麻薬をやっているだけなら、薬物常用者に過ぎず犯罪者ではない。 他人に危害を加えているわけではなく、いわゆる犯罪者とは違った扱いを受けるべきだ。 しかし、この映画もいうように、麻薬を常用してしまうと、 現世的な価値観から逸脱してしまうことが多いので、犯罪者と扱われても反論できないことが多い。 今でこそアメリカでは、麻薬厚生施設があるが、それでも殺されたりしたのだろう。 今まで肉体が労働を支えてきたので、肉体が壊れることは労働者を失うことにつながり、 国家にとっても困ることだった。 そのため、肉体を修繕するために、国家はたくさんの病院を作って、健康な肉体の維持にあたった。 しかし、少しくらい精神が壊れても、労働者としては役に立ったから、 国家は精神の壊れには冷淡だった。 肉体が壊れたときには親切だった国家も、精神が病んだときには、ひどい仕打ちをしてきた。 そこで国家も心のケアーを言うようになったが、我が国の精神病院では、強制措置入院が認められている。 精神の病には、いまだに的確な治療法が確立していない。 それは頭脳労働とはいかなる労働だか、いまだ判明していないからだ。 精神病と麻薬患者は似たような症状を示す。 精神病のレッテルを貼られてしまうと、それを剥がすのはとても困難だろう。 麻薬中毒患者も同じだ。 精神と肉体を切り離すことはできず、精神の病への対応が困難だとは承知だが、 精神の病に対しても親切な対応が望まれる。 それがこの映画製作者たちの願望だろう。 2006年アメリカ映画 (2007.1.7) |
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