タクミシネマ       アウェイ・フロム・ハー

 ☆ アウェイ・フロム・ハー
サラ・ポーリー監督

 サラ・ポーリーといえば、「エキゾチカ」に出ていた女優さんだった。
その彼女が、映画監督になっていた。
しかも、その出来が素晴らしいのだ。
女子、3日会わざれば、刮目して見よ。
まさに時代は変化している。

アウェイ・フロム・ハー [DVD]
IMDBから

 年寄りしか出ない映画で、アルツハイマーを発症した妻という重い主題をあつかって出色である。
これが29才という若い女性の作る映画だろうか。
人間観察が秀逸で、しかも温かくも冷静である。
晩年に至った男女の関係を、認知症という側面から鋭くえぐっている。
無条件に星を献上する。

 グラント(ゴードン・ピンセント)とフィオーナ(ジュリー・クリスティ)は、結婚後40年。
いまでは2人だけで田舎に住んでいるが、若い頃にはさまざまな出来事があったようだ。
しかし、長い月日が2人を、互いにかけがいのない人間にしていた。
そんなとき、フィオーナがアルツハイマーを発症した。 

 フィオーナは自ら施設に入ると言いだす。
グラントは施設のほうが良いとは判っていても、彼女と別れるのは辛い。
仕方なしに同意する。
彼は足繁く施設に通うが、彼女は徐々に人格が変わっていく。
もはや彼が誰だか、わからないようだ。
そして、同病人であるオーブリー(マイケル・マーフィ)の世話をすることが、生きがいになっていく。


 これがアルツハイマーという病気なのだ。
グラントとしては夫は自分であり、オーブリーに細やかな愛情を注ぐことは、心穏やかではない。
病気のなさせることだと知りつつも、他の男と親密になるのは耐えられない。
その気持ちは良く伝わってくる。

 何があったのか、オーブリーが退所してしまう。
するとフィオーナは生きがいを失って、非活動的になってしまった。
このままでは、廃用症候群になり、歩けなくなってしまうと施設から言われる。
彼は意を決してオーブリーの妻マリアン(オリンピア・デュカキス)を訪ね、彼を施設に戻すように促す。

 彼女は家を売らなければ、もう入所の費用がないという。
この施設は、本当に至れり尽くせりで、あれでは費用も高額だろうと思う。
マリアンの話はもっともである。
しかも、フィオーナの病状の進行を止めるために、他人の夫を入所させよと言うのだ。
マリアンの心境や如何である。

 マリアンは前向きの女性だった。
グラントに自分とつきあえ、と電話が来る。
彼がそれに応じると、他の人にすがることができ、安心したのだろう。
グラントの気持ちは、フィオーナにあることを知りながら、家を売ってオーブリーの入所費用をつくる。
そして、自分はグラントのもとに転がり込む。
この展開もありだと思う。

 グラントは嬉々としてオーブリーを、フィオーナのもとへ連れて行く。
すると、彼女は迎えに来てくれたのね、という。
映画はここで終わる。
何とも言いようがない。
アルツハイマーを発症しさえしなければ、2人は離ればなれになることはなかった。
ましてや彼女が、オーブリーに執着することもなかった。


 人間の身体を保っていても、身体は元気でも、脳が病んでしまうと人格が崩壊する。
身体の病気も辛いが、脳の病気はほんとうに辛い。
本人も辛いだろうが、伴侶など見守る人たちはもっと辛い。
長年つれそった伴侶に向かって、あの人は誰だというのだから、心を込めて世話をしようとすればするほど、断腸の思いだろう。

 「アフター グロー」で好演していた、フィオーナを演じるジュリー・クリスティが老いたりとはいえ、飛びっきりの美女である。
美女が気色迫る演技で、鳥肌が立つようなすごみを感じさせる。
とまどうグラントが、表情の変化少ないなかにも、押さえた演技でよく心情が伝わってくる。
そして、介護士のクリスティ(クリステン・トムソン)のキャラクターが、映画に変化を添えている。

 中産階級の2人にたいして、クリスティは明らかに貧しい。
彼女は離婚して、3人の子供を育てている。
「悪い人生じゃなかった、というのは男ばかり」といい、男に頼らない彼女は、じつに清々しくも逞しい。
色々とあっただろうグラントとフィオーナの2人が、離婚しなかったのに彼女は批判的ではあるが、きわめて寛容な態度で接する。

 核家族というのは、閉鎖的な家族形態である。
愛情というオブラートが、閉鎖性を隠蔽しているが、核家族からはみだした人には冷たい。
それにたいして、クリスティの生き方は許容範囲が広い。
今後は、クリスティのような単家族が、主流になっていくだろう。

 この映画は、2人の男女が排他的に結ばれる、終生の核家族を営むことにも言及しているように感じる。
すでに人格の崩壊したオーブリーから、マリオンを解放し、グラントと結ばせる。
グラントはフィオーナにためにも良かれと思って、マリオンと結ばれてオーブリーを施設へと連れ戻す。
しかし、一時的に平常に戻ったフィオーナは、自分の核家族へと執着する。

 監督としては、アルツハイマーに戸惑う夫婦を描いたつもりであろうが、
この映画は核家族の夫婦愛を問う射程をもっている。
スザンネ・ビアは「ある愛の風景」で、核家族的な愛情が殺人を犯させる風景を描いていたが、
この映画は核家族の桎梏が、アルツハイマーで暴露された風景を描いていたように感じる。
  
 2006年カナダ映画   (2008.06.11)

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