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サラ・ポーリーといえば、「エキゾチカ」に出ていた女優さんだった。 その彼女が、映画監督になっていた。 しかも、その出来が素晴らしいのだ。 女子、3日会わざれば、刮目して見よ。 まさに時代は変化している。
年寄りしか出ない映画で、アルツハイマーを発症した妻という重い主題をあつかって出色である。 これが29才という若い女性の作る映画だろうか。 人間観察が秀逸で、しかも温かくも冷静である。 晩年に至った男女の関係を、認知症という側面から鋭くえぐっている。 無条件に星を献上する。 グラント(ゴードン・ピンセント)とフィオーナ(ジュリー・クリスティ)は、結婚後40年。 いまでは2人だけで田舎に住んでいるが、若い頃にはさまざまな出来事があったようだ。 しかし、長い月日が2人を、互いにかけがいのない人間にしていた。 そんなとき、フィオーナがアルツハイマーを発症した。 フィオーナは自ら施設に入ると言いだす。 グラントは施設のほうが良いとは判っていても、彼女と別れるのは辛い。 仕方なしに同意する。 彼は足繁く施設に通うが、彼女は徐々に人格が変わっていく。 もはや彼が誰だか、わからないようだ。 そして、同病人であるオーブリー(マイケル・マーフィ)の世話をすることが、生きがいになっていく。 グラントとしては夫は自分であり、オーブリーに細やかな愛情を注ぐことは、心穏やかではない。 病気のなさせることだと知りつつも、他の男と親密になるのは耐えられない。 その気持ちは良く伝わってくる。 何があったのか、オーブリーが退所してしまう。 するとフィオーナは生きがいを失って、非活動的になってしまった。 このままでは、廃用症候群になり、歩けなくなってしまうと施設から言われる。 彼は意を決してオーブリーの妻マリアン(オリンピア・デュカキス)を訪ね、彼を施設に戻すように促す。 彼女は家を売らなければ、もう入所の費用がないという。 この施設は、本当に至れり尽くせりで、あれでは費用も高額だろうと思う。 マリアンの話はもっともである。 しかも、フィオーナの病状の進行を止めるために、他人の夫を入所させよと言うのだ。 マリアンの心境や如何である。 グラントに自分とつきあえ、と電話が来る。 彼がそれに応じると、他の人にすがることができ、安心したのだろう。 グラントの気持ちは、フィオーナにあることを知りながら、家を売ってオーブリーの入所費用をつくる。 そして、自分はグラントのもとに転がり込む。 この展開もありだと思う。 グラントは嬉々としてオーブリーを、フィオーナのもとへ連れて行く。 すると、彼女は迎えに来てくれたのね、という。 映画はここで終わる。 何とも言いようがない。 アルツハイマーを発症しさえしなければ、2人は離ればなれになることはなかった。 ましてや彼女が、オーブリーに執着することもなかった。 人間の身体を保っていても、身体は元気でも、脳が病んでしまうと人格が崩壊する。 身体の病気も辛いが、脳の病気はほんとうに辛い。 本人も辛いだろうが、伴侶など見守る人たちはもっと辛い。 長年つれそった伴侶に向かって、あの人は誰だというのだから、心を込めて世話をしようとすればするほど、断腸の思いだろう。 「アフター グロー」で好演していた、フィオーナを演じるジュリー・クリスティが老いたりとはいえ、飛びっきりの美女である。 美女が気色迫る演技で、鳥肌が立つようなすごみを感じさせる。 とまどうグラントが、表情の変化少ないなかにも、押さえた演技でよく心情が伝わってくる。 そして、介護士のクリスティ(クリステン・トムソン)のキャラクターが、映画に変化を添えている。 彼女は離婚して、3人の子供を育てている。 「悪い人生じゃなかった、というのは男ばかり」といい、男に頼らない彼女は、じつに清々しくも逞しい。 色々とあっただろうグラントとフィオーナの2人が、離婚しなかったのに彼女は批判的ではあるが、きわめて寛容な態度で接する。 核家族というのは、閉鎖的な家族形態である。 愛情というオブラートが、閉鎖性を隠蔽しているが、核家族からはみだした人には冷たい。 それにたいして、クリスティの生き方は許容範囲が広い。 今後は、クリスティのような単家族が、主流になっていくだろう。 この映画は、2人の男女が排他的に結ばれる、終生の核家族を営むことにも言及しているように感じる。 すでに人格の崩壊したオーブリーから、マリオンを解放し、グラントと結ばせる。 グラントはフィオーナにためにも良かれと思って、マリオンと結ばれてオーブリーを施設へと連れ戻す。 しかし、一時的に平常に戻ったフィオーナは、自分の核家族へと執着する。 監督としては、アルツハイマーに戸惑う夫婦を描いたつもりであろうが、 この映画は核家族の夫婦愛を問う射程をもっている。 スザンネ・ビアは「ある愛の風景」で、核家族的な愛情が殺人を犯させる風景を描いていたが、 この映画は核家族の桎梏が、アルツハイマーで暴露された風景を描いていたように感じる。 2006年カナダ映画 (2008.06.11) | |||||||||
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