タクミシネマ      酒井家のしあわせ

酒井家のしあわせ 
 呉美保(お みほ)監督

 舞台は三重県のとある小さな市に、平和な酒井家があった。
酒井家は、父親の正和(ユースケ・サンタマリア)と母親の照美(友近)、それに中学生の次雄(森田直幸)と、まだ幼稚園にも行かない光(鍋本凪々美)の四人が暮らしていた。
とりたてて変わった家ではなかったが、
強いて変わった点といえば、妻の照美が再婚で、次雄は先夫の子供だったことだろうか。
光は正和と照美の子供である。

酒井家のしあわせ [DVD]
公式サイトから

 映画が始まっても、学校での様子など、淡々と家族の描写をしていくだけ。
物語らしきものは、なかなか始まらない。
主人公の次雄は、サッカー部に所属して、友人もおり、彼に心を寄せる女の子筒井秋(谷村美月)もいる。
いつも寝てばかりいるが、いたって平凡な中学生である。
ある日、次雄が帰宅すると、正和が家出する場面に遭遇する。

 父親の正和は、麻田武(三浦誠己)と関係ができ、男同士で住むために、家出をするのだという。
ここで話は本題へと入るのだが、ここに至るまでに3分の1位も進んでしまっている。
実に手際の悪い展開である。
父親の家出と子供の関係が主題なのだから、もっと早く主題に切り込むべきだ。
中学生活の描写は、次雄の性格を浮き上がらせる、必要最低限にとどめるべきだ。


 男同士で住むために家出するというが、正和にはゲイらしきそぶりは一切ない。
実に唐突である。
最後になって、正和は不治の病に冒されており、
家族に心配をかけまいとして、家出したことが明かされる。
なぜ、このような映画が企画を通ったのか、ほんとうに理解に苦しむ。

 中学生の生態は、よく描けているが、正和の家出が唐突に過ぎる。
真相を知らされていないのは次雄だけで、妻の照美は正和が入院していることを知っていた。
彼女は見舞いにも行かないにもかかわらず、
看病の体制を整えるために、実家のある大阪に引っ越すという。
それでいながら見舞いに行かないのは、ゲイだと嘘を言って家出したからだという。
最後には一家仲良く幸せに、大阪へと引っ越していく。

 大阪への引っ越しが、正和の看病のためだとしたら、当然に見舞いに行っているはずだ。
一体いつから、論理矛盾も甚だしい映画が、企画を通るようになってしまったのだろうか。
30歳という監督の書いた脚本は、家族映画の基本を逸脱している。
2005年のサンダンスで、日本部門賞を受賞したというが、
nhkが出資しているので、日本映画に何か賞をだしただけだろう。
この賞はサンダンスでは問題外の外だろう。

 また、状況設定にも問題が多い。
先夫の子供である次雄を、おいて出るのは良いとしても、光は自分の子供である。
たとえゲイに目覚めたとしても、自分の子供を捨てるのには、大きな葛藤があるはずである。
光を残して家出することに、正和はまったく何のためらいも見せない。
こんなことはあり得ない。

 ゲイに目覚める映画は、アメリカでも見かけるが、皆それまでの人間関係と折り合いを付ける苦労をしている。
いくら家族に心配をかけないためとはいえ、子供を母親だけに押しつけて家出するのは、
愛情がないといわれても仕方ない。
こんな冷酷な父親だったら勝手にせよと、ここで観客は、正和への思い入れが切れてしまう。


 先進国では、子供を1人前の人間として扱おうとしている。
中学生になれば、1人前の人間である。
にもかかわらず、子供に心配をかけまいと、父親は真相を明かさないで、家出をする。
母親は知っていながら、子供に真相を話さない。
子供がやっと知ってみれば、子供たちに心配をかけないための演技だったという。
この映画では、子供には嘘を言っても良いのだ、といっている。

 親からこんな仕打ちをされたら、子供は2度と立ち上がれないだろう。
一体何歳になったら、親は子供を一人前に扱うのだろうか。
何歳であっても、現実は容赦なく押し寄せて来るというのに、
大人たちは子供に現実を見せないことが、暖かい対応だと考えているようだ。
父親が不治の病に冒されたというのは、映画として良い主題だと思う。
しかし、こんな展開などあり得ない。

 父親が不治の病に冒されたとき、父親の心理も描写の対象になるし、
母親や子供たちの心理は、動揺するだろうし、絶望するだろう。
不仲だった者たちが仲良く力を合わせるかも知れないし、
反対に分裂していくかも知れない。
しかし、この映画のような展開は、絶対にあり得ない。
心配をかけないために、ゲイだと偽って家出するなど、一体どこから考えついたのだろうか。

 子供を一人前に扱っていないという意味で、この映画は子供差別の映画だし、
ゲイでもないのにゲイだといって家出するのは、ゲイ差別でもある。
不治の病人がまったく病人らしくないのや、学芸会のような演技というのには目をつぶるとしても、
まったくあり得ない主題の展開で疑問だらけだった。
また、心象風景を描いたつもりだろうが、金魚鉢を何度も撮すのは無駄である。
唯一見るべきだったのはカメラで、びっしっと動かないフレームは、動きの多い最近では新鮮に感じた。

 蛇足ながら、照美が豆腐と白菜のみそ汁をつくるのに、豆腐を先に入れていたが、
あれは何か意味があったのだろうか。
ふつうは火のとおりの悪い白菜を先に入れ、豆腐は後にするはずだ。
それとも三重県地方では、よく火のとおった堅い豆腐が好まれるのだろうか。
  2006年日本映画
  (2006.12.30)

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