タクミシネマ      父親たちの星条旗

 父親たちの星条旗  
 クリント・イーストウッド監督

 今さら硫黄島の戦記を、ドキュメンタリーしても意味はないし、
この映画は父子物としても、それほど強いメッセージはない。
戦時にヒーローを作りたがる、イラク戦争を進めるブッシュ体制への批判として、
反ヒーロー映画をつくったのだろうと思う。
来月になれば、日本から見た硫黄島が公開されるが、この映画だけ見て星を一つ献上する。

父親たちの星条旗 [DVD]
劇場パンフレットから

 硫黄島の擂鉢山山頂に、星条旗を掲げる兵士たちの写真は、きわめて有名である。
この写真によって、アメリカ国民は鼓舞されて、太平洋戦争の戦意が高まったといわれている。
星条旗を立てた兵士たちは、当時一躍ヒーローになり、
国債募集のキャンペーンのため、アメリカ中をツアーして回る。
この映画は、ツアーに参加した3人の兵士の物語である。

 最初に小さな星条旗が立てられたが、それはすぐにもっと大きな星条旗に変えられた。
最初の星条旗ではなく、二番目に立てられた星条旗の写真が有名になった。
写真には6人が写っていたが、すでに3人が戦死していた。
残りの3人が、国旗掲揚のヒーローとして集められた。

 レイニー(ジェシー・ブラッドフォード)は指名されたことを好機ととらえ、積極的にツアーに参加した。
反対にインディアン出身のアイラ(アダム・ビーチ)は、良心の呵責に責められる。
自分はただ運が良かっただけだ。ほんとうのヒーローは、
戦死した軍曹のマイク(バリー・ペッパー)だと考えている。
ドクことジョンは、与えられた任務を淡々とこなす。

 1945年春から終戦まで、彼等3人は戦時国債募集の広告塔として、全米をツアーして回る。
この映画は、ドクの息子が取材する形で進んでいく。
そのところどころに、戦場のシーンとツアーのシーン、
戦後のシーンがない交ぜになって、戦争にいかに政治がからんでいるか、
そして、人道主義より政治の論理が優先する様を描き続ける。

 兵士の命は見捨てないとか、名誉のためだとか、国家は戦争遂行のために、
政府はきれい事を並べる。
しかし、はやくも映画の冒頭で、艦船から落水した1人の兵士を、行軍中の艦隊が救助しないシーンを見せる。
何気ないが恐ろしいシーンである。
しかも、戦争は国家の名誉以前のものだ。
上層部の個人的な名誉心や功名心のために、死ななくてもいい命が無駄に失われていく。

 硫黄島上陸の前には、10日間の艦砲射撃が予定されていたが、
実際には3日間で終わった。
これも海軍上層部の功名心がなさせた短縮だった。
艦砲射撃が不充分だったので、上陸作戦は困難をきわめ、
5日で占領するつもりが39日もかかり、6800人という大勢の兵士が死んだ。
硫黄島の占領によって、その後、大勢のアメリカ兵の命が助かるのだが、主題はそこにはないから、この映画はそれには触れない。


 国家意志の発動たる戦争には、とてつもなく大きなエネルギーが動く。
戦争の過程では、個人の尊厳など微々たるものだ。
戦争を遂行するために、ウソもでっち上げるし、膨大なキャンペーンもはる。
戦争を行うことは、軍需産業の利益のためだけではない。
第2次大戦直前には、アメリカは世界のナンバーワンとは呼べなかった。
いまだ裕福ではなかったアメリカは、戦時国債を発行しなければ、太平洋戦争を継続できなかった。

 しかし、第2次世界大戦が終わってみると、アメリカだけが繁栄を謳歌できた。
旧世界は第2次世界大戦で疲弊し、アメリカが助けなければ共産化したかも知れない。
そんななかで、アメリカだけが突出して裕福になった。
1950年代のアメリカは、ほんとうに裕福だった。
アメリカが裕福になったのは、戦争のおかげだ。
だから、この映画は戦争そのものを批判するのではない。

 戦争を遂行する過程で、ウソが本当になる。
本当のヒーローが必然的にヒーローになるのではなく、ヒーローが必要だからヒーローを創り出すのだ。
虚が実に転化し、その転化で悩む人間がでる。
その過程をこの映画は克明に描いていく。
人間の美徳が圧殺されていく。
アイラの悩みは、ほんとうに深い。
しかも、自滅していく彼には、誰も助けようがない。

 レイニーのように積極的に動いた人間ですら、戦争が終われば御用済みである。
戦場で砲弾にさらされるのは、二等兵といった下位の兵士である。
2等兵は高等教育を受けていない。
だから、一種の消耗品である。
この映画は、戦争に行かない大学卒を、チラッと登場させているが、
高等教育が徴兵逃れになることは、近代のどの国民国家でも同じだった。
しかも、レイニーのように高等教育を受けていないと、復員してからも就職活動は悲惨をきわめた。


 第2次世界大戦後、アメリカでは復員GIたちが、大挙して大学にはいる。
この卒業生たちが、アメリカの繁栄を謳歌して、アメリカ社会は変わった。
しかし、この映画は、イラク戦争にも通じる戦争自体の変わらななさを描いて、
結果として鋭い反戦映画になっている。
この映画の描く戦争は、アメリカにとって正義の戦争だったはずだが、
人間の尊厳が磨り潰されていくのは、どんな戦争であっても同じである。
   2006年アメリカ映画
  (2006.11.8)

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