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1945年前後、敗戦が決定的になったとき、天皇はどのように生活していたのか。 そして、何を考えていたのか。 ふつうは開戦から敗戦へといたるとき、支配を職業とする者として、 さまざまに思い悩むはずだが、この映画は戦争状況を無視して、個人的な問題を考えることに終始している。
この映画は、天皇が自ら招いた敗戦であるにもかかわらず、 敗戦を所与のものとして設定して、天皇という神だった人間が、人間へと生まれ変わったというだけを描いている。 状況への関わりを抜きにした人間観察は、ほとんど意味を持たず、 むしろ開戦へといたった過程で果たした彼の役割を、まったく欠落させてしまう。 その結果、天皇の戦争責任を問わないことになり、為政者としての責任を免責させる働きをもってしまっている。 この監督は55歳だが、途上国ロシアでは、55歳はすでに老人の域に入っているだろう。 とすれば、もっと歴史全体を見ることができても良いはずである。 この映画の人間観には見るべきものはないが、 主人公の裕仁を演じたイッセー尾形の演技と、独特の様式美に基づくカメラ・ワークが、見せ物だといっても良いだろう。 そのため、アヴァンギャルドなこの監督は、西洋個人主義に染められている。 監督の人間観は、個人としての天皇しか見ることができず、 役割を果たすことに生きた時代の為政者には、思考が及んでいない。 政治的に人間宣言をしたからといって、それを境に個人的なセンスが変わるということはなく、 また皇后良子との関係が、今風の夫婦関係になることはありえない。 差別が完璧に成立している場合、 上位者は下位者がそこにいても、下位者を自分と同じ人間として意識することはない。 平民出身の正田美智子は、禊ぎのために大勢の前で全裸になったとき、 羞恥心で真っ赤になったというが、帝王教育を受けてきた裕仁には、個人的な羞恥心はなかったはずである。 西洋の白人女性が、自分の裸を有色人種の男性に見られても、 まるで犬に見られたかのごとくに、なんの恥ずかしさも感じないように、天皇は全裸を見られても羞恥心が湧かないに違いない。 監視されてのセックスがふつうだった、江戸時代の将軍たちを思い浮かべてみれば、 天皇の私生活がどんなだったかは、おおよそ見当がつく。 一夫多妻制を廃止し、側室を持たなかったのが裕仁だとしても、 良子に対してこの映画が描くような、愛情表現はしなかっただろう。 彼の目の前に登場する全女性が、彼からセックスへの誘いを待っていたはずだから、 人間のあいだでの相互関係という認識は、彼には生じようがなかった。 彼のセンスや価値判断は、市井の人間とはまったく違ったはずである。 ロシアも差別がきつい国だろうが、インドなどのカースト社会を見たほうが良い。 そうすれば、天皇がどんな感覚だったか、よく分かるに違いない。 イッセー尾形の演技が、裕仁の形態模写をうまくしており、形態模写が上手いがゆえに、裕仁の人間性を隠蔽してしまっている。 この映画は、西洋文明的な個人主義の人間が、 いままで自分は神だと言っていたのを、人間だと言葉の上で言い換えたにすぎない。 敗戦前の天皇に迫っていないので、人間宣言がまったく効いていない。 おそらく、天皇というまったく別種の生き物がいるということが、この監督には想像できないに違いない。 これが近代人の人間理解の限界だろう。 大本営のあった場所もさだかではないし、裕仁が戦争中にどこにいたかも、明らかになってはいない。 しかし、元首が戦争中に避難しそうな場所は、おそらく世界中で共通なのだろう。 この映画も待避壕は上手く造っている。 どこかの地下につくられた避難所を想定しているが、おおむねあんなものだったのだろう。 ややくらい画面と、構成主義の影響からか、きっちりとした構図など、カメラ・ワークは神経が払われている。 そして、動かないカメラ、ゆっくりした画面展開など、この監督の好みなのだろう。 全体に一時代前の感じがする作風である。 2005年ロシア.伊.仏.スイス映画 (2006.8.28) |
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