タクミシネマ       ナッシング

 ナッシング     ヴィンチェンゾ・ナリタ監督

 情報社会が頭脳支配であることを、象徴的に映画化したのもで、いかにも時代的な今日性の下に誕生した映画である。
デイヴ(デヴィド・ヒューレット)とアンドリュー(アンドリュー・ミラー)は、とても仲良いというわけではないが、互いに必要で切れない存在である。
2人はとうとう同居してしまった。

ナッシング [DVD]
劇場パンフレットから

 デイヴは自己中心的で嫌われ者であり、アンドリューは心配性が高じて引きこもりになった。
こんな2人は同居することによって、辛うじて生きていくことができた。
もてないデイヴだが、なぜかサラ(マリー=ジョゼ・コローズ)という恋人ができた。
彼はアンドリューを置いて、サラと同居しようとしていたが、その当日に、横領のかどで会社を首になる。

 めげない彼はサラに首を告げると、何とサラが彼のカードを使って横領したのだという。
そして、あっさりと振られる。
アンドリューは女の子の要求を拒否したことから、逆恨みされて幼児虐待で訴えられる。
そこへ、彼等の家は、市によって取り壊されると通告があり、ただちに解体作業が始まろうとする。

 ここまでが話の前提であり、上映時間にして4分の1か3分の1くらいだろうか。
解体作業が始まったと思ったとたんに、彼等の家だけが、真っ白な空間にぽつんと置かれた風景に、突然に転換する。
ここからがこの映画の真骨頂で、真っ白な画面の中に、主人公の2人や物がただ置かれただけという、不思議な展開が延々と続く。
地面も真っ白で、ゴムのような(映画ではトーフのようなと表現される)反発がある。


 真っ白な空間に投げ出された彼等は、空間の探検にでかけるが、誰もいないことだけが確認できる。
結局、この映画は2人の対する状況を、これでもかとしつこく描いていく。
互いの必要性と嫌悪でつながった友人は、友人でありながら、不可欠の親友ではない。
嫌悪感でつながっているが、どうしても分かれることができない。

 友人関係が希薄化している情報社会では、かつてのような無二の親友など存在しない。
互いに傷つけ合わないような軽い関係の友人たち。
実は互いに嫌悪さえしているが、友人であり続ける必要性に縛られている。
世の中はすべてゲームであり、実体的な手応えは最初から期待していない。
こんな彼等に、嫌いな物を消去する能力を与えたらどうなるか。
こうした設定で、映画は進む。

 互いに気に障る存在だから、やがて衝突する。
衝突の原因となる物を、1つ消去し、また1つ消去していく。
不要品を消去しているうちは良い。
やがて相手の大切な物を消去し始める。
ベッド、コンピューター……と、消去が続く。
とうとう相手の身体を消去し始める。
足、手、と始まって、胴体と消去が続き、最後に首だけが残る。
ここでこの映画は終わるのだが、首だけになった彼等はなおも生き続ける。

 情報社会とは頭脳労働の支配する社会である。
肉体は頭脳を支える意味でのみ有用である。
人間はかつてのような肉体労働するものではない。
だから肉体は不要なのだ。この映画は、すべての物が等価になり、浮遊する存在になった社会で、最後に残るのは頭脳であり、人間存在に不可欠なのは頭脳だけだという。
頭脳だけでもなお喜怒哀楽が残り、人間相互間の確執はある。
そうした事実を白い画面で延々と見せる。

 主題としては、まさにその通りである。
主題には賛成するので星を付けざるを得ないが、映画としてみると、観客に画面を見続けさせる力がない。
画面を白くしてしまうのは、動く映像という映画の特性を殺している。
白い画面になってからが長すぎる。
監督もそれを知っているから、この映画は1時間半に満たない長さにしたのだろう。

 それに話の顛末を予測させてしまうのも、問題である。
良くできた映画は、今の画面にぐいぐいと引きつけ、観客に先を読もうなどといった気をおこさせない。
優れた映画は、画面が観客を完全に虜にしてしまうものだ。
理屈が勝っているのは良いとしても、理屈を消化して映像化しなければ、娯楽になり得ない。


 劇場でかける映画としては、娯楽作品的実験映画までが許される、と言ったらいいだろうか。
冒頭で、この映画は事実だと何度も何度も強調される。
見終わってみると皮肉にも聞こえるが、映画の主張自体は真実である。
2003年カナダ、日本映画
(2005.09.20)

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