タクミシネマ       オペラ座の怪人

オペラ座の怪人    ジョエル・シュマッカー監督

 分厚い音、心地よい音楽、楽しめるミュージカルである。
「サウンド オブ ミュージック」を最高傑作映画の一つとしながら、ミュージカルには馴染めなかった。
普通に喋っているのが、突然に歌い出す、あのタイミングにどうも抵抗感があった。
しかし、この映画はその抵抗感が薄く、科白と歌の部分が上手く折り合っている。

オペラ座の怪人 通常版 [DVD]
劇場パンフレットから

 ジャジャジャジャーン、と聞こえると、場面が急展開する。
この曲はこのミュージカルのために作曲されたらしいが、場面転換を強烈にアピールし、舞台であればなお効果的だろうと思う。
それに続く軽快な曲も、心まで届き、作曲家の力量を知る。
主人公の声も良かった。

 オペラ座に住む怪人ジェラルド(ジェラルド・バトラー)が、新人の歌手クリスティーヌ(エミー・ロッサム)に恋をする。
そして、音楽のエッセンス=真善美を彼女に教え、彼女をプリマドンナへと仕立て上げる。
彼女は若さにものを言わせて、舞台を努め脚光を浴びる。
しかし、音楽を教えられたことと、恋は別だとばかりに、彼女は他の男に入れあげて怪人を振ってしまう。
怪人が音楽の至高性をせつせつと訴えても、結局、彼女は色恋という肉体的な欲望を優先する。

 この映画の主題は、音楽という表現に身を捧げるか、色欲に従うかというものだ。
そして最後には、音楽という真善美に身を捧げることより、欲情に忠実であることを選択する。
音楽は表現であり芸術である。
表現は神の行いを代わって行うことだから、至高なのだが、やはり生身の人間には荷が重い。
ここで色欲に真善美が優先してしまったら、人類は途絶えてしまう。


 生身の人間は色欲の上に生きるのだから、真善美と色欲が衝突したとき、色欲を優先しても許される。
こんな主題だから、ヒーローはもちろん怪人ジェラルドであり、ヒロインはクリスティーヌである。
彼女の恋人になるのは幼なじみで、今では大金持ちになった成金の若者ラウル(パトリック・ウィルソン)だが、彼の影がひどく薄い。
彼があまりに立派だと、主題がかすんでしまうから、これで良いのだ。

 年齢を別にすれば、怪人は顔に醜いあざがあるというだけで、普通の人間である。
むしろ、音楽にかけては天才といっていい。
顔のアザをのぞけば、怪人とラウルの力量ははっきりしている。
怪人のほうがはるかにセクシーだし、音楽的だし魅力的である。
しかし、恋は思案の外である。
表現にかんしては何の取り柄もないラウルを、彼女は選ぶのである。

 これが逆の設定だったらと考えるとおもしろい。
美の女神に恋された男が、若い女性の間で悩むだろうか。
相手の女性がいくら若くても、才能のない女性は魅力がないはずだから、彼が美を追究していれば、躊躇なく美の女神と心中するだろう。
男性が真善美を追求する話はいくらでもあるが、女性が真善美を追求する話はあまり聞かない。
女性はいまだに恋に生きることを夢見ているのだろうが、情報社会の今後は女性も真善美を追求するだろう。

 天才の怪人は、誰とも接触しないでオペラ座に住んできた。
そのせいで性格がひね曲がってしまった。
彼女は怪人の音楽の才能はかっていても、結局、素直な若者をえらぶ。
壮大なこのミュージカルは、きわめて人間の欲望に忠実に展開される。
しかし、1960年頃から上演されてきたせいか、現代的な視点からはやや問題が多い。

 顔にアザがあることをあれだけ強調するのは、やや差別的な感じがする。
F1レーサーのニキ・ラウダだって火傷がひどかったし、ホーキングは重度の身体障害者だが、理論物理の天才である。
顔のアザを理由に、オペラ座から外出させず、顔のアザに彼の性格を還元してしまうのは抵抗がある。
外見は初見こそ問題になるが、やはり才能のほうが大きな魅力だろう。


 あれだけの美声と音楽的な才能を持ちながら、ただ顔にアザがあるというだけで、オペラ座の外へと出ることがなかった。
現代なら、アザは理由にならない。
お話だから、目くじらを立てるのは野暮だと承知で、この優れたミュージカルに注文を付けたい。
華やかな舞台、圧倒的な音楽、ジェラルド・バトラーの美声などなど、2時間の楽しみには充分である。
2004年アメリカ映画
(2005.03.09)

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