タクミシネマ          マイ ボディガード

 マイ ボディガード    トニー・スコット監督

 1994年に11歳の少年が、1ドルで弁護士を雇う「依頼人」という映画があった。
あの映画は、子供が弁護士を頼むという常識外の設定ではあったが、大人と子供の関係は常識的なもので、大人が指導的な立場だった。
しかし、この映画は大人が子供に導かれる。大人が子供に指導される設定である。

マイ・ボディガード 通常版 [DVD]
劇場パンフレットから

 メキシコでは1日に4〜5人が誘拐される。
とりわけ金持ち家庭の子供がねらわれやすく、身代金目的だが、しばしば殺されてしまうこともあるという。
学校へも送り迎えがつかなければ、通わせることができない。
そこで子供にボディガードがつくことになった。ボディガードになるクリシー(デンゼル・ワシントン)と、ガードされる9歳の女の子ピタ(ダコタ・ファニング)との物語である。

 クリシーは米軍の対テロ部隊で、16年も暗殺を仕事としてきた。
しかし、幾多の殺人で心と身体に傷を負い、それを酒に紛らわせてきたので、廃人同様になって軍を辞めた。
部隊の先輩で、今はメキシコで護衛の仕事をしているレイバーン(クリストフアー・ウォーケン)を訪ねると、ピタのボディガードを紹介される。
ピタには無関心のまま、仕事と思って始めて見ると、ピタの純真さが彼に新たな息吹を吹き込んだ。

 ピタを真剣にガードしていたが、彼女は誘拐されてしまう。
事件の背後には大がかりな誘拐組織があり、警察はもちろん政府高官も黒幕だった。
ピタに生きる力をもらったクリシーは、関係者を皆殺しにしようと、復讐に立ち上がる。
やがて暴かれる背景は、父親も事情を知った上での誘拐で、顧問弁護士も身代金を猫ばばしていた。

 汚職がはびこるメキシコ警察は、むしろ誘拐組織の味方で、かろうじて新聞記者のマリアナ(レイチェル・ティコティン)が、彼に協力してくれる。
復讐劇となれば、映画はスーパーヒーローの活躍になる。
軍の暗殺者だった彼は、メキシコ警察よりはるかに有能で、たちまち真相を暴き出し、犯人たちを追いつめる。
最後は自分の命と、ピタの解放を交換条件に、映画は終わる。


 原作は、赤い旅団などの誘拐が頻発した、1970年代のイタリアを舞台にしていたが、映画は現代のメキシコに設定し直している。
おそらく原作は誘拐事件を主題として書かれたのだろうが、この映画では主題が変わっている。
この映画の主題は誘拐や汚職ではない。
この映画の主題は、幾多の殺人で非人間化したクリシーの再生である。
しかもたった9歳の子供によって、再生されたという子供が大人を導く映画である。

 今までは子供は大人に指導されるものであり、大人は子供を導くものだとされてきた。
その典型が学校である。上の世代から下の世代へと文化が受け継がれてきた以上、大人から子供への流れが自然だった。
しかし、今や若い世代が、独自に生み出すものに、大きな価値がある。
高齢者は若年者にかなわない。
ここで年齢秩序が崩れ始めた。だから、情報社会を目前にして、文化の流れは大人から子供へ、とは限らなくなった。

 女性が保護される存在ではなくなったように、保護される子供という概念が崩れ始めている。
女性が自立した後、保護の対象だった子供も自立を始めた。
そして知識が価値となった今、大人も子供もまったく等価になり、平等になった。
本サイトは、女性の自立後、残された未解放者は子供であり、情報社会では加齢の意味が無化するので、子供の自立が始まると言ってきた。


 この映画はそうした時代をきっちりと捉え、大の大人であるクリシーが、9歳の少女に救われる。
彼は子供によって生きる意味を与えられ、再生された。
ここがこの映画の主題であり、まさに情報社会の人間関係を語っている。
子供への愛が、子供を守らせたと考えがちである。
しかし、彼が復讐に立ち上がったときには、ピタは死んだと思っていたのである。
そのため、子供への愛が、死んだ子供を護る動機とは言い難い。

 子供への愛が、「守りたい」と思わせたのではないし、ボディガードが主題ではない。
主題は子供が大人を救うである。
我が国の他のどの映画評論も、子供が大人を救うのが、この映画の主題だとは言わないだろう。
我が国の映画評論事情は、情報社会から遅れており、残念なことに現代アメリカ映画の主題が理解できない。
しかし、子供の自立が、最近のアメリカ映画の主題であることは間違いなく、この映画もその流れの上にある。

 この映画は、激しい銃撃戦、剥き出しの暴力、メキシコの治安の悪化と、華やかな話題に溢れている。
だから、子供の天恵を主題としながら、大人を対象にしているので、この映画は重い。
しかも上映時間は、2時間半近くと長い。
子供が大人を救うという馴染みのない主題を、この監督は充分な緊張感を持続させて、しっかりと娯楽作品に仕上げている。
主題を全面に出さず、娯楽作品に仕上げる力量は、なかなかのものである。

 途上国メキシコの経済は、政治家たちが私腹を肥やしているので、いつまでたっても向上しない。
メキシコ・オリンピックが開かれた頃より、経済は悪化し、貧富の差が開いたのではないだろうか。
中南米諸国に共通する、貧しさと金持ちとの圧倒的な差などに思いをはせながら、映画を見終わった後には、いろいろと考えさせられた。
2004年のアメリカ映画
(2004.12.31)

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