タクミシネマ         モンスター

モンスター   パティ・ジェンキンス監督

 映画女優は美人の代名詞だった。
そんな時代は終わった。
今でも美人女優は、その美貌で売りたいだろうに、すさまじいまでにブスく変身して、絶世の美女が熱演している。
美人が美しいだけでは許されない時代から、美人が美しくては許されない時代が到来している。
モンスター 通常版 [DVD]
公式サイトから

 シャーリーズ・セロンといえば、現代アメリカ映画界でも、屈指の美人女優である。
単に美人と言うだけではなく、スタイルも良いし、彼女の外見には文句の付けようがない。
その彼女が、13キロも太って、顔にはたくさんのシミ・ソバカスを描いて、ブスくて粗野な中年女性を演じている。
美人は特権だと思っていたが、何という時代が到来したことか。

 実話に基づくと、最初に字幕が入る。
1986年のこと、アイリーン(シャーリーズ・セロン)は家庭の事情によって、わずか13歳から街に立った。
以来、楽しい思いはほとんどなく、辛い日々だった。
今日も懐には5ドルが残るだけ。
彼女はその5ドルを使ったら、自殺しようと決めてバーに入った。
しかし、たまたま居合わせたセルビー(クリスティーナ・リッチ)から、暖かい声をかけられて、アイリーンは生きる喜びを見いだす。


 ゲイのセルビーは、アイリーンを男役に見たてて、共同生活を始めようとする。
しかし、セルビーはアイリーンに頼るだけ。
楽しい生活を実現してくれと、彼女に迫め寄るばかりである。
初めて自分に振り向いてくれた愛人を、失いたくないアイリーンは、売春に精を出して金を稼ぐ。
辛いが、彼女には幸せな日々だった。
ある時、客から乱暴をされて、殺される寸前になる。
そばにあったピストルで、男を殺してしまう。

 彼女は暴行されたことから、精神的に打ちのめされてしまう。
もう客を取りたくない。
しかし、セルビーは楽しい生活のために、もっとたくさん金を稼げと要求する。
愛は真綿のように、アイリーンの首を絞める。
客を殺した体験は、彼女の中に不可解な感情を呼び起こす。
暴力をふるう男や強姦する男は殺して当然だ、と自己正当化が始まった。
その感情は日に日に大きくなり、大勢の男性客を殺していった。


 大勢の人間を殺せば、発覚するのは時間の問題である。
アイリーンはセルビーを愛するがゆえに、彼女だけを逃亡させる。
涙の別離にアイリーンは耐える。
しかし、逮捕された後のセルビーの返答は、アイリーンを警察に売ることだった。
売られても、彼女は信じる愛に身をささげて、処刑される運命を選ぶ。
自立している女は潔い。

 彼女は、殺すことを自分で正当化しており、絶対の悪を演じていた。
悪人を殺すことは正しい。
殺した相手が、卑劣な男であれば、自己正当化も成り立った。
最後に殺した男は、卑劣な男ではなかった。
彼女は後悔した。
しかし、セルビーの愛情が、真っ当な男を殺すことを選ばせた。
愛に殉じる姿は、時に残酷な運命を選ばせる。

 女性が自立してきたが、セルビーのような他者頼みの女性はまだ多い。
この映画は、セルビーがゲイで、相手をしたアイリーンも女性である。
だから男女関係とは無縁だとも思える。
しかし、アイリーンは明らかに男役を演じている。
セルビーは弱者=女役を演じながら、寄生することによって、強者のアイリーンを破滅に追い込んでいく。
アイリーンはセルビーに裏切られるのを承知で、愛に殉じていく。

 情報社会とは純粋な愛情の時代だが、純粋な愛情は経済力の上にしか開花しない。
セルビーのように寄生するだけでは、愛情が持続するはずはない。
アイリーンは酷薄の生活を送ってきたが、彼女は売春婦として自立していた。
愛に飢えた強者が、純粋な愛情に絡め取られていくのは、本当に見ていられない。
子供時代の愛情欠乏が、成人後の性格を歪めてしまう。


 この映画は、狂気の女性を描いているように見えるが、相当に深い現代的な意味を感じさせる。
フェミニズムを経過した現在、女性も働くことは当然になっている。
しかし、セルビーのように寄生する女性もいる。
自立しないことは、弱者を演じる当人だけではなく、強者にも否定的な影響を与える。
この映画は自立した女性から、自立を拒む女性への批判であろう。
だから、連続殺人犯であるアイリーンを悪く描かないのだ。

 モンスターという題名の通り、現代女性も精神的な葛藤に苛まれる。
自立は孤独をもたらし、狂気に走らせることもある。
いまや女性も数十人の殺人が出来る。
連続殺人は男性の専売特許ではない。
しかし、自立しない女性の存在は、社会の害悪である。
すでに専業主婦の消滅した社会では、この映画が説得力を持つだろうが、専業主婦の多い我が国では、この映画の主題は理解されないだろう。

 アメリカでは売春婦が、非合法ながら職業として確立している。
彼女たちの姿形は、普通の女性とは明らかに違う。
けばけばしい容姿で、常人にはすぐ区別が付く。
だから、社会は売春婦を人間とは見なさない。
彼女たちは危険と同居して仕事をしている。
自立した売春婦は、寄生した専業主婦より、はるかに1人前の人間である。

 この女性監督は、女性が厳しい生き方を迫られる状況を描きながら、それでも女性も男性と同様の人格だと主張する。
女性の自立は、女性に経済的な収入をもたらすが、同時に男性と同様の狂気も、また女性にもたらす。
おそらく監督も、主役を演じたシャーリーズ・セロンも、自分の人生に引き比べて、実在のアイリーンを考えていたに違いない。

 インディ系の映画で撮影が悪い。
照明不足のため、カラーの発色も悪い。
しかし、粗野な男性風の女性を演じるシャーリーズ・セロンは、美人女優という名前は微塵も感じさせない。
彼女の演技は、技術的な欠陥を補ってあまりある。
2002年、12年の服役後、「モンスター」と呼ばれたアイリーン・ウォーノスは、フロリダ州の刑務所で死刑に処された。
2003年アメリカ映画
(2004.10.29)

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る