タクミシネマ         17歳の処方箋

17歳の処方箋     バー・スティアーズ監督

 気弱な父親と、勝ち気な母親(スーザン・サランドン)に育てられたイグビー(キーラン・カルキン)は、品行方正で優秀な兄のもと、屈折した子供時代を過ごしたと言うわけではない。
両親に問題はありながらも、それなりに育ってきた。
しかし、少年期の気まぐれが彼を襲った。
現代版「ライ麦畑でつかまえて」といわれるが、ちょっと違うように思う。
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 彼が高校から放校されるところから、物語は本格的に始まる。
父親はすでに精神に異常をきたしている。
そんななか、優秀な成績で高校を卒業し、兄と同様にコロンビア大学へ入れさせるのが、母親の夢だった。
しかし、彼は決まったコースにのれない。
高校から放校された罰は、士官学校への入学だった。
もちろん規則ずくめの士官学校に、彼があうはずもない。

 彼にはすべてがある。
親はお金持ち、大人たちには可愛がられ、女性にももてる。
そんな彼は、名付け親のDHに可愛がられて、夏の間だけ彼の元で働く。
裕福なDHは、仕事も出来るが、愛人もいる。
彼は愛人にスタジオを無料で貸す。
そのスタジオに転がり込んだ、イグビーは女子大生スーキー(クレア・デインズ)との、恋愛を楽しむが、それとて上手くいかない。
いつの間にか、スーキーは兄にとられていた。


 スタジオでDHと出会ったイグビーは、DHから仕置きを受ける。
しかし、両者は絶縁状態になると言うわけではない。
虚実取り混ぜた大人たちの関係に、1人イグビーは子供を演じ続ける。
ガンで自分が命が短いことを知っている母親は、子供たちに自殺の手伝いをさせる。
そこで、自分の血縁の父親はDHだと知らされる。

 良くできた兄と、外れていってしまうイグビー。
彼の脱線していく様が、甘酸っぱい青春として、画面に描かれる。
これと言った原因はないのに、彼は反抗的になる。
反抗的なところが、また大人から可愛がられるが、彼は自分の自意識をもてあましたままである。
豊かな社会でも、またそのなかで豊かな階級に属するがゆえに、自己の確立が困難になる。


 かつては貧乏の克服が、絶対命令としてあったので、誰でも一生懸命に勉強した。
ドロップアウトは貧しさが理由だった。
しかし、今では豊かな社会であるがゆえに、確立すべき自己が見えない。
ハングリー精神など、薬にしたくてもない。
柔らかいナイロンネットに絡み取られたような圧力。
子供はそれに抗する術を知らない。
自我の確立が難しくなった現代である。
当然のことながら、問題は親にある。

 この映画でも、戦力外となった父親は、母親から馬鹿にされている。
配偶者を蔑視するのを見て育つ子供は、人間を大切にする気持ちが起きようがない。
精神に異常をきたしても、一度は愛した伴侶であり、子供たちの父親である。
母親は子供より伴侶を大切にすべきだった。
伴侶同士が、互いに大切にしあうのを見て育てば、子供は決して親から離れない。 

 悪いことに、この夫婦は夫を蔑視するだけではなく、子供を有名校に入れようと叱咤激励した。
これでは子供は無事に育たない。
子供は存在するだけで許され、存在することが親の癒しであり、親の希望を子供に強制することは絶対に許されない。
この母親は人間愛を教えずに、利己的な上昇指向性だけを、子供に強いた。
これでは相対の世界に生きる子供は、可能性を孵化させることはできない。


 子供を主題にした映画が、量産されるアメリカだが、この映画は最悪な両親の見本を描いている。
「Igby goes down」という原題だから、もちろん主人公はイグビーであろう。
しかし、世間では立派な大人であっても、自分の願望を子供に強制することが、子供の成育にとって、いかに有害かいくら強調しても、し過ぎということはない。
立派な親に子供はかなわないから、よけいに子供は立つ瀬がない。

 子供の虐待などが取りざたされているが、暴力それ自体が問題なのではない。
子供を独立した人格と認め、子供と台頭の人間関係を、築かないことが問題なのだ。
裕福な親は、立派な社会人であることが多いので、子供の立場は理解されない。
立派なご両親なのに、お子さんが困ったもので、さぞご心配でしょう、というわけだ。

 イグビーの最悪の家庭環境に、心から同情する。
おそらく彼は一生にわたって、人間愛を探して旅を続けるだろう。
母親の罪は大きい。
家庭内暴力が犯罪として認知されたように、今後子供に対する精神的な虐待も、犯罪として立件されるかも知れない。
2002年のアメリカ映画 
(2004.10.1)

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