タクミシネマ       華氏 911

華氏 911    マイケル・ムーア監督

 映画は観念が作らせるものである。
映画は本質的にフィションである。
虚構を作ることによって、制作者のメッセージを伝え、観客を楽しませるものだ、と当サイトは考えている。
そのため、ドキュメンタリーと称する映画には、あまり興味がなかった。
しかし、この映画を見に行こうと誘われたので、映画館に向かった。
華氏 911 [DVD]
劇場パンフレットから

 結論から言えば、見て損のない映画である。
何よりも強く感じたのは、制作者の表現意識が直接的に画面に展開されている。
表現意欲の強さは、フィクションとしての映画以上である。
また、主題がはっきりしているので、使われているカットが実に効果的である。

 映画は、フロリダ州での選挙から始まる。
当初、ゴアが優勢だったが、ブッシュが勝ったことになり、結局ブッシュがアメリカの大統領になった。
その後、9.11があり、アフガン侵攻があり、イラク戦争が始まるわけだが、問題ははるかに以前から進行していた。
9.11の時に、ブッシュは小学校を視察していたが、その瞬間のブッシュの映像が印象的である。


 監督はブッシュ一族と、ビンラディン一族のビジネス上での関係を検証する。
ブッシュ一族の利権まみれを、丁寧に描いていく。
そして、9.11後に、イラクとの戦争にいたった大統領の政策に疑問を投げかける。
この映画は、イラク戦争が泥沼化したから、撮影を始めたのではない。
初めからブッシュ一族の体質に焦点を当てている。

 ブッシュ一族は、サウジアラビアの王族と深い関係があり、かつてからサウジ系の会社の顧問を勤めていた。
とりわけ、親ブッシュが大統領だった時代、子ブッシュはサウジ系の会社から、ふんだんに資金援助を受けていた。
それは大統領になっても変わらないらしく、結局ブッシュはアメリカ国民の利益のためではなく、自分の利益のために国民を犠牲にした、とこの映画はいう。


 9.11直後の13日、サウジアラビア人が大挙して、アメリカから出国した。
このときは、アメリカ全土に航空管制がしかれており、民間航空機はまったく飛行できなかった。
にもかかわらず、サウジアラビア人は6機の民間航空機と、24機の私有旅客機で帰国していったという。
奇妙なことだ。

 アラブ系の人間が、9.11をおこしたとされるのだから、当然に足止めをして調査すべきである。
ブッシュがやったことは、9.11を調査することではなく、調査の邪魔をすることだった、と映画はいう。
事件の真相がどうだったかは、歴史が明らかにするだろうから、ここでは論じない。
しかし、イラク戦争でアメリカ人の血が流され、またアメリカが孤立しようとも、この原因を作ったのはアメリカ人である。

 決断したブッシュに、戦争責任があるのはもちろんだが、ブッシュを選んだのはアメリカ国民である。
まちがっても、国民は騙されたとは言えない。
最も自由がある国の選挙で、ブッシュが選出されたのだ。
あのナチでさえ、ドイツ国民の選挙で選出されたのだ。
我が国では、軍部の独走というが、一部の独走ということはない。
国民が支配者を選ぶのだ。


 支配は支配される方も、加担しなければ成立しない。
今後の歴史の展開には、アメリカ人が責任をどうとるか、とても興味がある。
順当に行けば、11月の大統領選教では、ブッシュが負けるだろう。
しかし、戦争で失った命は戻らない。
国の政治組織が動き出すと、その影響は計り知れない。
今時大戦もそうだったが、国家の行動は膨大な影響力を持っている。

 ドキュメンタリーには好意的ではない当サイトだが、この映画には星を一つ献上する。
それは猛烈な愛国運動のなかで、この映画を撮った勇気に捧げるものだ。
インディペンデントとは言え、映画を撮るのは隠れてやるわけにはいかない。
厳しい反対運動のなかで、監督は自分の意志を貫いた。
奥さんも子供いる彼には、おそらく身の危険もあったことだろう。
これは誰にでも出来ることではない。

 飢えた子供に文学は何もできない。
映画も同様に、飢えた子供を満腹にすることはできない。
現実の前には、観念の表現は無力である。
しかし、観念の表現が現実化するときには、猛烈な反対に出会い、観念が現実に試される。
映画製作者はこの試練に良く耐えた。
表現に賭ける姿勢は、どんな表現分野でも同じであろう。
脱帽である。
 2004年のアメリカ映画(2004.09.03)  

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