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実話のようだが、現代の実相を良く表現している。 フィクションとして演じられる映画と、モデルになった実在の人物が、交互に登場しながら物語はすすむ。 主人公のハービー・ピーカー(ポール・ジアマッティ)は、ごく普通のオヤジだった。 病院のさえない書類管理係を職業とする彼は、コミック・マガジンや古いジャズのレコード収集を趣味としていた。
ガレージセールで知り合ったロバート・クラム(ジェームズ・アーバニク)に刺激されて、自分の日常人生をテーマにしてコミックの原作を書く。 これがロバートに称賛されたことから、彼は自分の日々をネタにコミックブックの原作を書き続ける。 絵を付けるのは他の人であり、彼はあくまで原作者に過ぎない。 彼はコミックブックの原作で、生活できればいいと思っていたのだろう。 しかし、それだけでは生活ができずに、とうとう定年まで書類管理係を勤めあげる。 書類管理係だったことが、原作を生み出す彼の源となったのだから、有名になっても書類管理係を止めたかったかどうかは判らない。 精彩のあがらない彼は、すでに2人の奥さんに逃げられている。 2番目の奥さんは、博士を取得するのに彼が学費を援助していた。 にもかかわらず、博士がとれると、庶民的生活には耐えられないといって、彼が止めるのも聞かずに家を出ていく。 だからもちろん、結構なオタクである。 途上国の庶民が、古いガラクタを収集する、そんな趣味をもつことはない。 自分の生活を、自分の外から見る。言い換えると、自分を相対的に見るなんてことは、近代が進んだ社会でしかあり得ない。 事実と願望が分離できない、つまり自分の願望が、そのまま実人生に重なりがちな前近代の人間は、自分の生活をコミックにして笑ってしまおうなんて考えもしない。 前近代の笑いは、バナナの皮に滑って転ぶ人を笑うが、近代の笑いは、バナナの皮に滑って転ぶ人を笑う自分を笑う。 そんな彼だが、彼のようなオタクを、理解する女性も誕生し始めた。 彼を「アメリカン スプレンダー」の原作者と知って、結婚しようとする女性ジョイス(ホープ・ディヴィス)が現れた。 この女性がなかなかに美人だし、何よりも彼には最高の連れ合いだった。 貧しかった時代、喰うことが優先したので、稼ぎのある男性が、もっとも高く評価された。 女性には職業が閉ざされていたので、稼ぎのいい男性をつかまえることは、人生を生きるうえで何よりも大切だった。 しかし、豊かな社会になって、女性にも職業が確保されると、稼ぎよりも大切に思えるものが登場する。 女性も稼ぎのあるなしが、男性を判断する基準ではなくなる。 ジョイスはハービーと、会ったその日に結婚する。 ハービーは孤独で、寂しくて仕方ない。 彼はジョイスに出会って、本当に救われる。 ジョイスは働かないし、かいがいしく家事労働にいそしむわけでもない。 彼を現実的には助けない。 しかし、彼の精神状態を理解し、彼の表現の最高の理解者である。 おそらく彼女が存在しなければ、陰鬱な性格の彼は、より一層陰鬱になり、自虐的にすらなっていただろう。 情報社会になると、精神の癒しが本当に大切になる。 平凡で、さえないただの中年オヤジだが、自分の何かを表現したいと願う。 それをコミックの原作というかたちで、たんたんと何十年も書き続ける。 「波止場日記 労働と思索」を書いたエリック・ホッファーのように、働きながら哲学するのは農耕社会や工業社会にもあった。 自己表現の願望は、情報社会のものだ。 自分史や自費出版が流行る。 しかし、彼が他の自費出版と違うのは、自分の人生を相対化していることだ。 だから彼もコミックに対して、あたかも自分のことのように、読者が共感できる。 周りの友人たちも、自分がコミックに登場するのを、楽しみにする。 この映画は、実物のハービーも登場し、俳優が演じるハービーと、ダブル・キャストのように展開する。 それがまったく不自然ではなく、明らかにダブル・キャストが演出されている。 両者の関係が実に自然である。 実物のハービーは、いかにもアメリカ人らしく、テレビに出演しても物怖じしない。 「アメリカン スプレンダー」が反語として、最大の皮肉をこめた主題であるように、ハービーの発言も皮肉に満ちている。 小品ではあるが、現代人の一面を鋭く描いており、星一つを献上する。 蛇足ながら、最前列しか空席がなく、仕方なしに着席したが、画面全体が見にくくて仕方なかった。 古い映画館なら仕方ないが、「ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ」は最新の映画館だから、どの席からもきちんと見えるように、座席配置の設計をして欲しい。 あの最前列では、同じ料金が取れない。 2003年アメリカ映画 (2004.07.23) |
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