タクミシネマ         ヘヴン

ヘヴン  トム・ティクヴァ監督

 中年の女性フィリッパ(ケイト・ブランッシェット)が、あたかもテロリストのように、時限爆弾を作っている。
しかし、テロリストとしては緊張感がなく、彼女の行動は素人っぽい感じがする。
ビルの一室に爆弾を仕掛けるが、掃除婦にゴミと一緒に運び出されてしまい、ねらった男を仕留めることはできない。
掃除婦と無関係の親子が犠牲になる。
ヘヴン 特別版 [DVD]
公式サイトから

 場所はイタリア。
均整がとれた、美しい色彩の町並みが、画面に続く。
イタリアには前近代の遺産が、たくさん残っている。
いわゆる様式美がぎっしりと詰まっており、カメラもそれを充分に意識して、息詰まるほどの美意識的風景が展開される。
上空から撮られた街の様子が、中庭式の古い建物の時代の経方を教えてくれる。
街の作りも陰影にとみ、絵のようだ。

 爆死させようとねらった男は、大企業の社長だが、裏では麻薬の密売を手がけており、子供たちにまで麻薬を売りさばく元締めだった。
この男のために、彼女の夫は自殺し、多くの子供たちの生命を奪われている。
彼女は警察に何度も捜査依頼の手紙を出したが、警察もぐるになっており、握りつぶされてきた。
イギリス人英語教師の彼女は、そのために直接行動に出たのだ。


 逮捕された彼女は、しかし、誤爆によって罪のない人たちを、殺してしまったことを悔やむ。
イギリス人である彼女は、イタリア語での取り調べを拒否する。
すると若い憲兵隊員フィリッポ(ジョヴァンニ・リビージ)が通訳に当たる。
偶然にも彼の弟は彼女の教え子であった。
そして彼は、突然に彼女に恋心を感じてしまう。
20歳そこそこの若い男性が、中年女性に一目惚れするくだりが不可解だが、ここに引っかかってしまうと、この映画は理解の外だろう。

 取り調べをする方と犯人の間には、恋愛感情が入り込んではまずい。
獄中で知り合っても良いかも知れないが、捜査に手心を加えるのはまずいだろう。
しかし、フィリッポは麻薬密売人を呼びだして、彼女の希望どうりに殺させてあげる。
そして、2人は恋の逃避行となるのだが、不思議な逃避行が続く。

 許されない恋の終わりと見れば、「ボニー・アンド・クライド」のような結末を想像するが、警察のヘリコプターを奪って空へと上昇して終わる。
不思議な映画である。この映画の不思議さは、若い憲兵隊員フィリッポの性格付けが、ちょっとエキセントリックなためだろう。
彼は何か問題がありながら成長し、父親はそれをとても気にしていたようだ。
父親の息子へのまなざしが、とても優しい。


 20歳になっても、おねしょをしてしまう彼は、きわめて繊細な神経の持ち主のようでもある。
しかし、知恵遅れとか精神に異常があるというのではなく、父親と同じ憲兵隊に就職する。
そして、英語の話せない検事の前で、英語すら操ってみせる。
そして、電気器具をショートさせ、建物を停電にしたり、最後にはヘリコプターまで運転してみせる。
もちろん彼女の逃亡を手助けするのにも、大胆かつ繊細な準備をすすめる。

 映画としては、生き詰まるほどの美的な画面構成と、綿密に作られた脚本のせいで、緊張感が最後まで持続する。
終盤に使われるピアノも素晴らしいし、2人が逃走するトスカーナ地方の風景も美しい。
しかし、フィリッポの不思議さが、いつまでも頭から離れず、据わりの悪い居心地を感じるのも事実である。

 ドイツ人監督が、オーストラリア人とアメリカ人を主人公にして、イタリアで映画を撮る。
この構造が、イタリアの風景を外部から見ている精確さにつながるのだろうし、イタリアを極端なまでに抽象しているのだろう。
いくらイタリアでも警察の上層部が、麻薬の密売に絡んでいるとは思えないし、あんなに簡単に逃亡ができるとは思えない。
イタリア人ならこの映画は、まったく別の作りになるだろう。


 イタリアとは美と官能の国、そういった先入観が根底にあるように感じる。
牛乳配達の男がクラクションを鳴らすと、パン屋の女性はたちまち欲情し、2人は車の中でことに及ぶ。
これがイタリア人の説明だろうか。
2人は愛人同士だったらしいが、イタリア的な官能を外国人が描くと、ああなるのだろう。
豊かなイタリアの自然と、ユニークなイタリア人の描写がおもしろい。

 西洋諸国としては、例外的に無秩序が支配する現代イタリア。
古い物が残り、人々は生と性を謳歌しているように見える。
外国人にはイタリア人は、とても変わった人種に見えるようだ。
ドイツ的な近代からは禁欲が生まれたが、享楽のイタリアに対しては、いささかの羨望があるのだろうか。

 2001年アメリカ・ドイツ・イギリス・フランス映画 

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