タクミシネマ         レッド ドラゴン

 レッド ドラゴン    ブレット・ラトナー監督

 このシリーズも「羊たちの沈黙」以来3作目になり、レクター博士(アンソニー・ホプキンズ)の悪漢的な印象も、ずいぶんと薄くなった。
むしろFBI捜査官や事件を起こす悪者の方に、出番が多くなってきた。
ところで、このシリーズの主題は悪の追求だったはずだが、この作品に限っては情報社会の子育てが主題だといっても良い。
敵役として登場するのは悪者であるが、なぜか可哀想に思えて仕方なかった。

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 レクター博士を尊敬するフランシス・ダラハイド(レイフ・ファインズ)が、2家族合計10人を殺すという猟奇的な事件をおこす。
この事件を解決できるのは、レクター博士を逮捕したグレアム(エドワード・ノートン)しかいない。
しかし、彼はレクター博士との死闘に疲れ、すでにFBIを辞めてしまった。
そこでかつての上司ジャック(ハーベイ・カイテル)が、彼を説得にフロリダへと向かう。
妻の反対を振りきって、彼は捜査に復帰し、犯人と対峙する。

 このシリーズおなじみの手法が踏襲され、グレアムがレクター博士の天才的な頭脳を借りながら、事件を解明していく。
連続殺人事件の犯人は、小さな時から祖母に育てられ、厳しく躾られた。
その躾たるや、おねしょをしただけで性器を切断すると脅されたように、人格の全否定となるような叱責である。
暴力こそ使わないが、子供の心に深く大きな傷を付けていった。

 上唇に傷をもったことから、成人してからも普通の人のように行動ができない。
自分はひどく劣っていると感じるか、逆に自分は神であるかと感じるか、両極端を揺れ動く。
限りなき優越感にたつか、劣等感に悩む。
両者は盾の裏表である。つまり、人格が否定されて育てられたので、普通の人との関係がうまく作れない。
こうした子供は愛情欠乏症でもある。
この映画でも、盲目の女性リーバ(エメリー・ワトソン)からの誘惑には、たちまちにして落ちていく。


 背反した心理は実によく解る。
農耕社会では、子供は育つがままにほっておかれたが、工業社会になるとあるべき理想的な人間像が設定され、その理想像に向かっての教育が行われた。
そして、誉めて育てることが忘れられ、厳しく叱ることがしつけだと錯覚された。
親たちは子供への厳しい対応が、愛情表現だと勘違いした。
親は自信を持って子供を虐待したのである。
親の愛情表現自体が、子供へのプレッシャーとなっていた。

 それでも兄弟が多いとか、近所の子供と開放的なつきあいがあるとか、子供に仲間がいる環境であれば、子供へのプレッシャーは薄められた。
だから人格も歪まなかった。
しかし、この映画のように、子供がたった一人で大人と面と向かい、厳しく育てられると人格が歪むのは必然である。

 育てられ方によって、もちろん犯罪が許されるわけではない。
しかし、映画の最後でグレアムが言うように、この犯罪者はほんとうに可哀想である。
自分ではどうにも自覚のしようがないだけに、子供は悲劇を演じざるをえない。
教育に名を借りた虐待は、子供にとってどうにも避けようがないだけに悲劇的である。

 我が国で虐待というと、暴力的なものを意味することが多いが、暴力をともなった方が解りやすいだけに事は簡単で、むしろ言葉による虐待の方が深刻である。
暴力をともなわず、しかも子供に裕福な生活させていれば、世人はまさか子供が不幸だとは思わない。
そうしたなかで子供は孤立し、人格形成の契機が歪んでいく。
家庭内暴力に悩む女性は同情されるのに、裕福な専業主婦は幸福そうだと勘違いされ、同情を受けないのと同じである。


 アメリカの映画は、情報社会で子供の育つ事情をよく理解している。
また、悪についての認識も、随所にちりばめられ、含蓄にとんだ台詞が多い。
そのうえ、想像力こそが人間を豊かにするのだし、想像力こそが真実を解明する方法だともいう。
そして、想像力の裏側についているのは、恐怖でもあるというレクター博士の台詞は、まったくその通りである。

 前作同様に、映画は緻密に作られているが、それでも徐々にその緊張感は落ちてきている。
とりわけ、謎解きになってからの単純さは、ちょっとがっかりするくらいで、もっと複雑な真相を示してほしかった。
グレアムが現場を歩くと、次々に証拠が見つかったりと、ややご都合主義的な展開もあり、全体に必然性を欠く部分も目立った。
また、新聞記者(フィリップ・シーモア・ホフマン)がグレアムを追ってくる場面では、それまで動いていなかった新聞記者が、アクションといわれたとたんに動き出したようで不自然だった。

 芸達者な俳優をそろえ、じっくりと作っただろうに、ちょっと期待はずれである。
そうは言ったとしても、平均点には十分に達している。 

 2002年アメリカ映画

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