タクミシネマ           トリプルX

 トリプル X    ロブ・コーエン監督

 アクション映画は、おもしろい。
恋愛映画と同様に、何時までもなくならない。
そして、恋愛映画が形を変えていくように、アクション映画も時代にあわせて、その形を少しずつ変えている。
ソ連が隆盛を誇った時代には、ソ連が悪の象徴だったが、いまではイスラムの過激派がその代役を務めることが多い。
冷戦が終了してからは、善悪の対立が明確でなくなったので、スパイ関連の物語が成立しにくくなった。
単純な正義対悪の構造は、もう現実味をもたない。

トリプルX [DVD]
劇場パンフレットから

 完全な娯楽映画であるこの映画も、善悪の構造が複雑化した時代に制作されただけあって、主人公の設定に苦労している。
チェコのプラハにいる悪の集団アナーキー99に、アメリカ国家安全保障局はスパイを送り込むが、簡単に殺されてしまう。
ギボンズ捜査官(サミュエル・l・ジャクソン)は、訓練されたプロのエージェントでは、潜入させることは不可能だと考え、X−スポーツの人気者ザンダー(ヴィン・ディーゼル)に白羽の矢を立てる。

 X−スポーツというのは、モトバイク、ハングライダー、ボードなどを組み合わせたもので、街のアウトローたちの遊びである。
だから彼らには反権力意識が強く、ザンダーは国家安全保障局からの命令には従わない。
それはギボンズ捜査官とて織り込み済みである。
物語は、ザンダーのテストから始まる。
何とかエージェントに仕立てて、プラハに送り込む。

 「ダイハード」を見ればわかるように、アクション映画がヒットすると、その売り上げは半端ではない。
そのため、目算を立てた作品には、途方もない予算が投じられる。
この映画もヒットを狙って、膨大な予算が投入された。
アクション映画のスターたちが高齢化するなか、若くて元気なスターが欲しいのでもあろう。

 筋肉たくましいヴィン・ディーゼルは、良くその期待に応えているが、ちょっと善良に過ぎる。
いくら体中に入れ墨をしても、彼の顔は善良で目が優しい。
アクション映画のスターは、ブルース・ウィリスのように愚かでも良いから、善良ななかにも、ちょっとした毒がなければならない。
ただ善良なだけでは、キャラクターが単純に過ぎて、スターとなるには力不足である。
その意味で、ヴィン・ディーゼルはいい人過ぎる。

 トム・クルーズは映画のなかで、実に良く走る。
おそらく運動神経が良いのだろう。
いくらスタント・マンを使うとはいえ、俳優もいくらかはアクションをするのだから、運動神経が良くなくてはつとまらない。
ムキムキマッチョのヴィン・ディーゼルも、運動神経は良いのだろうが、身体のキレがいまいち伝わってこなかった。
何がスターをつくるのか。
何が人気を決めるのか、何がスターの要素なのか、本当に難しい。


 物語はアナーキー99に潜入したザンダーが、すでに潜入していた旧ソ連のエージェントであるエレーナ(アーシア・アルジェント)と協力して、正義が勝つという単純なものだ。
ここでもご多分にもれず、ザンダーとエレーナが恋におち、最後はハッピーエンドに終わる。
しかし、この手の映画で、物語の単純さをあげつらっても意味はない。
二時間をハラハラドキドキできればそれで良いのだ。

 膨大な予算をかけただけあって、アクションはすごい。
SFXとの併用だろうが、もはや人間業を超えている。
飛行機から雪の上に落ちて、そのままスノーボードで滑り降り、手投げ弾で雪崩を誘発し、その雪崩よりも早く滑る。
それがまったく自然に見える。スノーボードは滑るというより、絶壁を滑り落ちるといった感じだ。
なかなか迫力がある。
ちらっと見えるスノーボーダーの顔が、ヴィン・ディーゼルとはまったく似ていないのは、ご愛敬だろう。

 007と同様に、様々な兵器が登場する。
しかし、人間の想像力というのは、本当に限界があるものだと、しみじみ思わせる。
透視できるスーパー双眼鏡が登場するが、透視できる範囲は、なぜか壁の向こうだけである。
しかも、これを使えばどこでも見えるわけだから、偵察に行く必要などないけれど、危険を冒して敵陣に潜入する。

 毒ガスが水溶性だという設定なら、どこで破壊しても同じだろうが、プラハの町に入ってから爆破する。
潜水艦は世界制覇に向けて、太陽光で進む。
永遠にエネルギーを補給しなくても、世界の都市を攻撃できるという。
その潜水艇は、なぜか海なしのプラハから出発する。
と言ったおかしなことばかりだが、そうしたことをいちいち取り上げていては、楽しめないから無視しよう。
ちょっと気になったのは、セットの精巧さに比べて、潜水艇の貧弱さだった。
いかにも模型だと判るのは、何とかしようがあったように思う。


 ハイテク兵器がたくさん登場しているが、あこがれの車がフェラーリというのは、不思議な感じである。
ローテクのフェラーリには、車を超えたオーラがあるのだろう。
フェラーリが特別の車であるのは、世界中の共通認識である。
そのなかで、ザンダーが好きなのはフェラーリではなく、ポンティアックのGTOというのは、アメリカ人を泣かせるだろう。
ちなみに、エレーナが使っていたブック型のコンピューターは、マックではなくソニーのバイオだった。

 いまや世界中の人間が、英語を喋るというのは、アメリカ映画の前提になっているようだ。
地球上のたった一割の人たちにしか、英語は使われていないのに、アナーキー99の人たちも、訛りはあるが立派な英語を喋っていた。
国境が消えつつあるというのに、アメリカ合衆国だけは巨大化している。
アウトローのザンダーを取り込むことと言い、アメリカの国家観が拡大されているのがよく解る。
 
2002年アメリカ映画   

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