タクミシネマ         トータル・フィアーズ

トータル・フィアーズ   フィル・アルデン・ロビンソン監督

 ファッシズムの信奉者たちが、アメリカとロシアを闘わせようとする。
そして、両大国が互いに壊滅したあと、ファシストが漁夫の利を得ようとする。
そのためにアメリカで、原爆を爆破させる。
9.11があった後なので、この映画にとてもリアリティを感じ、恐ろしくなった。
トータル・フィアーズ [DVD]
 公式サイトから

 1973年第4次中東戦争の時、イスラエルの戦闘機がゴラン高原上空で撃墜された。
それには1発の原爆が登載されていたが、未回収のままになった。
それから29年の歳月が過ぎ、井戸掘りにきたパレスチナ人に発見される。
闇のマーケットを経て、ファシストの手に渡り、アメリカ国内へと持ち込まれる。

 フットボール観戦中の大統領(ジェームズ・クロムウェル)がいるボルチモアで、原爆が炸裂する。
大統領は危機一髪のところで命は助かるが、キャボットCIA長官(モーガン・フリーマン)は死んでしまう。
この頃、ロシアがチェチェンで戦争を仕掛けていたので、NATOを含めて両国は緊張をはらんでいた。
そこでこの爆発である。
アメリカ側はロシアの仕業だと思いこむ。


 ロシア側もアメリカの先を制して、攻撃にでるべきだと、強硬派が大統領を突き上げる。
両国を全面戦争に追いこもうと、ファシストたちは画策する。
その計画を未然に防ぎ、全面戦争をくい止めるのが、CIAの若き情報分析官ジャック(ベン・アフレック)である。

 物語は冒頭からジャックを中心にすすむ。
恋人キャッシー(ブリジット・モイナハン)とベッドにいるところへ電話が入ったり、キャボット長官からの突然の呼び出しでデートをすっぽかしたりと、娯楽映画的な興味をつないでくれる。
ここでジャックの人間像を描き込んでいるのだろう。
ラフな姿で、キャボット長官に会うのはおかしい。

 しかし、ロシアの分析が正確だったからと、一介の若い役人がいきなり長官付きになってしまうのは驚く。
わが国なら、部長とか課長が若手の意見を代弁するだろうに、アメリカではあれが実態なのだろうか。
個人の実績を重んじるとはいえ、彼我の違いに驚くばかりである。

 話は実に単純でたわいがない。
闇で仕入れた原爆を、ロシアの科学者によって修理させ、それをアメリカに持ち込む。
そして時限装置によって爆発させる。
これはそれほど難しい話ではない。
今や大学生程度の知識で、原爆の製造は可能だし、小型冷蔵庫くらいの大きさの物を、アメリカに輸入するのはたやすい。
大型ジェット旅客機をワールド・トレードセンターにぶつけるより、はるかに簡単であろう。
それだけに、恐ろしいと思う。


 巨大な者は存在するだけで、大きな陰を作り、小さな者から陽光を奪いかねない。
それゆえに巨大な者は、自己の存在そのものに注意を払う必要がある。
おそらくイギリス人も各地でテロにあってきたはずである。
虐げられた者が、巨大な敵に対峙するとき、テロは一つの選択肢である。
テロは仕方ない戦術でもある。

 わが国でも、幕末から明治にかけて、外国人を襲う事件が相次いだ。
あれは間違いなくテロだった。
当時の武器は、刀という小規模なものだったから、大した被害には遭わなかったが、その後の西欧諸国の報復は熾烈を極めている。
公開処刑を求め、処刑の最中に、立ち会いのフランス人が気分が悪くなって、処刑を中止さえしている。

 先年のわが国のペルー大使館襲撃事件だって、完璧なテロである。
しかし、武力でもってテロを撲滅することは、きわめて難しい。
先進国は必ずテロにあうとすれば、それなりの対応が必要だろう。
それは決して武力だけではない。
先進国が一種の理想を実現してみせることだ。
先進国だけではなく、途上国も幸せになれる道を示すことだ。

 この手の映画は、大惨事を未然に防止するのがエンディングの定石だが、最近何が大惨事だかわからなくなっている。
かつてなら原爆の爆発は、間違いなく大惨事だった。
しかし、この映画では、まず原爆が爆発してしまう。
もはや原爆の爆発は、大惨事ではないらしい。
そういえば、爆発後の様子も、普通の戦場とあまり変わらず、原爆特有の恐ろしさは実感されていないようだ。

 想定される大惨事が、どんどんとエスカレートしていくことは、何だか不気味な感じがする。
現実の戦争もエスカレートしているのかも知れないが、物語のなかの惨事は現実の先取りだから、想定上のエスカレートのほうがいっそう怖いように思う。


 娯楽映画としては良くできていると思うが、物語のディテールに粗雑さが目立つ。
まず原爆が紛失したら、大問題になっているはずである。
特にイスラエルとしたら、アラブに渡ったら大変だから、徹底して捜索するはずである。
あんなに簡単に諦めるはずがない。
もっといえば通常の偵察飛行に、原爆を登載しているのは不自然だ。

 原爆の発見者が被爆するが、彼だけが発症するのも変だ。
経路にあった人は、多少なりとも影響がでるはずだ。
落下によって放射能漏れがおきたなら、25年間その近くは汚染されていたことになる。
25年もあれば、さまざまな障害が発生しているはずで、映画製作者たちは原爆の特異性に鈍感な感じがする。

 ボルチモアの中心まで、原爆を運ぶ必要はない。
スタジアムの下で爆発させるのも、通常爆弾と同じ考えだからだろう。
ジャックの活躍によって第3次世界大戦を免れ、アメリカとロシアの大統領が核兵器削減条約に調印するが、被爆後のアメリカに何の変化もない。
いかに映画とはいえ、原爆の後遺症は残るはずである。

 原爆を爆発させてしまったあとは、どんな大惨事を想定するのだろう。
この映画の仕掛けが簡単だっただけに、実現される現実はますます残酷になりそうで、見終わって恐ろしさにおそわれた。
ところで、フィアーズと複数になっているのは、どういう意味なのだろうか。

2002年のアメリカ映画   

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る