タクミシネマ         チェルシーホテル

チェルシーホテル   イーサン・ホーク監督

 1960年代のアメリカ、熱い思いを秘めた若者たちがいた。
ヒッピーとかボヘミアンと呼ばれた彼らは、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに住んだ。
マンハッタン西23丁目7番街と8番街に立つチェルシーホテルは、その後に有名になった人たちがたむろした場所として、今では伝説になっている。
しかし、40年後の今日、チェルシーホテルは荒廃し、かつての面影は全くない。
そのチェルシーホテルの住人をとおして、現代を描こうという映画である。
チェルシーホテル [DVD]
 東京ウォーカーから

 いつの時代にも表現を指向する者はいる。
表現とは孤独な作業だ。
時代がどんなに浮かれ騒いでも、結局は自分一人で、文字を紡ぎださなくてはいけないし、画布を埋めなければならない。
音楽にしても同様で、セッションであっても音を出すのは個人である。
有名になればなったで、厳しい世界が待っているが、表現を目指す者はそれでも、自分の世界と格闘する。

 時代が上り坂だったときには、表現者たちも自分を見つけた気分になれた。
しかし、実質が溶けてしまって、関係だけが残った情報社会では、かつてのような表現行為が存続するのは難しい。
表現を支えた実態が失われているのに、表現形式だけが残ることはないから、旧来のアーティストは自己の存在証明が入手できない。

このホテルに住む遅れてきた表現者たちは、手応えがなく空虚な毎日を送らざるを得ない。

 そうした現実を、このホテルに住む何組かの男女をとおして、描きだしている。
詩人を夢見るグレース(ユナ・サーマン)と優しい画家のフランク (ヴィンセント・ドノフリオ)は、親しい間柄だが、恋人と言うには遠い。
年老いた作家のバド(クリス・クリストファーソン)は、かつては売れたかも知れないが、今では盛りを過ぎている。
若いときには奥さんグレタ(チューズデイ・ウェルド)もいた。そして、愛人マリー(ナターシャ・リチャードソン)もいた。

 作家にとって最も大切なのは、作品を生みだすことだ。
表現とは神に代わる仕事だから、連れ合いが二の次になるのは仕方ない。
2人とも、バドの元を去った。
しかし、バドの気持ちは昔のままだから、酒と女から切れない。
酒はお金で手にはいるが、女はそうはいかない。
若いグレースを見て、自分の衰えを知る。

 詩人志望の黒人オードリー(ロザリオ・ドーソン)は、貧乏生活を甘受し、今の現実を受け入れていた。
しかし、恋人のヴァル(マ ーク・ウェバー)は、貧乏からの脱出を夢見ていた。
悪友クラッチズ(ケヴィン・コリガン)から、メキシコで稼ごうという誘いにのって、オードリーの元を離れていく。
2人のあいだは、とてもいい雰囲気なのだが、長くは続かなかった。

 ミネソタからミュージシャンとしての成功を夢見て、ニューヨークにやってきたのが、テリー(ロバート・ショー ン・レナード)とロス(スティーヴ・ザーン)だ。
内気なテリーは、創作活動に疲れ、自殺してしまう。
年老いた歌手のスキニー・ボーンズ(ジミー・スコット)は、チェルシー・ホテルのクラブで歌手として活動している。


 全員が心の渇きにさいなまされ、自分探しをしている。
しかし、彼らの求める自分は、もうこのホテルにはない。
いま自分探しができおるのは、コンピューターやインターネットの中だ。
時代は肉体から頭脳へと移った。
だから、この映画の登場人物たちは、互いに好感を持ち合いながらも、具体的な関係=肉体関係を持てない。
恋人たちは決してベッドに入らない。
時代は観念が浮遊していると知っているから、肉体そのものであるセックスなどできない。

 宴の後とでも言うような、荒廃し異臭が漂うチェルシーホテルであるがゆえに、時代の落差がよく伝わってくる。
しかし、ヴィデオで撮ったものを、劇場用のフィルムに焼き直したらしく、画面が暗く荒れており、映画としては高い評価はできない。
また、台詞が多いのは必ずしも悪くはないが、もっと映像としてみせる工夫をしてもいいように思う。
有名俳優を使った習作といったところだろう。

2002年のアメリカ映画   

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る