タクミシネマ        ムッシュ・カステラの恋

  ムッシュ・カステラの恋
アニエス・ジャウイ監督

 中年男性しかも会社の社長カステラ(ジャン=ピエール・バクリ)が、突然に恋におちいる。
主題はたわいない話だが、なかなか含蓄にとんだ映画だった。
彼は中小企業の社長で、そこそこに成功している。
特別の悩みはないが、また楽しいこともなかった。
運転手のブリュノ(アラン・シャバ)とボディガードのフランク(ジェラール・ランヴァン)をつれて歩き、平凡な仕事の毎日だった。
それが英語を習うことから、生活が変わりだす。

ムッシュ・カステラの恋 [DVD]
劇場パンフレットから

 英語の個人教授にきたのは、舞台の役者が本業で、英語の個人レッスンもするという女性クララ(アンヌ・アルヴァロ)だった。
彼女は売れない役者特有の嫌みな対応で、高慢なエリート意識丸出しである。
売れている役者は腰が低いが、売れていない役者は、役者であることが自己の存在証明である。
だから、仲間内では卑屈だが、外部に対しては傲慢である。

 彼女はお金のために英語は教えるが、人間としてのあなたには興味ない、という対応である。
しかし、カステラはこの女性に恋をしてしまう。
カステラはまじめな人で、労働者から身を起こして、今の地位を築いたので、いわゆる教養といったものがなかった。
こうしたカステラに対して、彼女は住む世界が違うのだ、とでも言いたそうな対応である。

 彼女を始め、彼女の仲間たちは、カステラの野暮ったさというか、教養のなさをからかって、楽しんでいた。
馬鹿にされているにもかかわらず、カステラは彼らに奢ってやったりと心を砕く。
クララに心を打ち明けると、彼女はあなたには興味がないと、にべもない返事である。
しかし、彼女の仲間の画家から、一枚の絵を買ったことから、話がかわってくる。

 クララは自分への思いで、絵を買ったと考えているが、カステラは自分の好きな絵を買っただけだった。
絵や劇と言った文化を、カステラは理解できないと考えていた彼女は、大きなショックを受ける。
絵を買ってからの彼は毅然たる態度になって、彼の毎日は一変する。
身勝手な妻アンジェリク(クリスティーヌ・ミレ)との生活にも終止符をうって、彼は家を出てしまう。
イプセンの名前が何度かでてくるが、ノラとは反対に夫が家出するのだ。


 この映画の主人公はもちろんカステラだが、彼と行動をともにする運転手とボディガードが、それぞれに面白いキャラクターを与えられている。
運転手のブリュノは、恋人がアメリカに行ってしまった。
まだ彼女を愛しているが、彼女からは音信不通だった。
やがて彼女が他の男と関係ができ、フランスにはもう帰らないという手紙が来る。
ボディガードのフランクは、警察官をやめて定職がない。

 マニー(アニエス・ジャウイ)という実に面白い女性が登場する。
マニーはバーのウエイトレスだが、マリファナを売ってもいる。
しかも、ちょっと良い男だ思えば、誰とでも寝てしまう。
マニーはフランクと結婚するかもしれないほどの関係だが、ブリュノをなぐさめて親密な関係になっている。
三人は互いの関係を知っているが、ぶじに友人でありつづける。
マニーのスタンスは、いかにも現代的である。

 驚くべきことに、マニーが実はこの映画の監督でもある。
パンフレットを読んでそれを知ったのだが、そう言われてみれば納得する。
彼女も上手い演技ではあったが、なんとなく他の役者たちから距離があったようにも感じた。
他の役者たち同士は横並びだが、彼女だけは別格な位置にいたような感じがした。
それが彼女の演技だと思っていたが、監督だからとすれば自然である。

 フランス映画の例にもれず、この映画も新たな時代に挑戦してはいない。
しかし、フランス映画の良質な部分を受け継いでおり、登場人物たちの細やかな心理描写を、丁寧に描いている。
現代的な人物も配置しながら、主人公のカステラに限らず、ブリュノ、フランク、アンジェリク、マニーと各人の心の動きを、きちんと表情に引きだし、現実にもありそうな展開を与えている。


 この映画の男性を見る目は、とても暖かく、男をかわいい生き物ととらえている。
野暮なカステラも、真面目であるだけが取り柄ではなく、絵にも劇にも目が向けば、好きにもなれる。
自分の人生に目覚めれば、男は魅力的だといっているようだ。
教養を鼻にかけるクララよりも、カステラの方がどんなにか素敵だろうか、そう言っているようだ。

 クララを演じたアンヌ・アルヴァロも、監督の意図に応えている。
最初のうちは嫌みな女性を、実に嫌みったらしく演じていたし、途中からがらっと変わっていく様子も、よく伝わってきた。
ほかの俳優たちも、監督の演出にこたえて、上手い演技である。

 フランスは文化の香りあふれる国というイメージがあるが、多くの人たちはカステラのように教養のない人たちである。
大卒は少なくて、庶民たちの関心は、高尚な教養にはむかない。
わが国では有名なフーコーも、フランスでは知らない人の方が多い。
そうしたフランス人たちの本音とでもいう部分に、この映画は優しく語りかけている。
小さな幸せを大切にしよう、いかにもフランス的な映画である。

 カステラの社長車としてボルボが使われていた。
最後にフランス・ボルボに感謝すると書かれていたが、フランスでもタイアップで車と資金を提供してもらわないと、映画が作れないのだろう。
我が国と同様な、寒い状況がみえる。

2000年のフランス映画


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