タクミシネマ         裏切り者

裏切り者
ジェームス・グレイ監督

 ニューヨークの地下鉄をめぐる入札で、買収や収賄が行われていた。
それを舞台にした社会正義を考えるサスペンス映画である。
きちんとした脚本、なめらかな展開、やや重いが自然な演技と、文句なく星一つを献上する。
良くできた娯楽映画である。
1969年生まれと、若い監督だが、今後が期待できる。

 
裏切り者 [DVD]
公式サイトから
レオ(マーク・ウォルバーグ)は、自動車泥棒での1年4ヶ月の懲役から、解放されて家に戻ってきた。
地下鉄の車中、彼の表情が何か妙にそぐわない。
やや暗い画面とあいまって、これから事件が起きることを予測させる。
彼の歓迎パーティから、映画は始まる。

 収監されても、彼は友達のウィリー(ホアキン・フェニックス)を裏切らなかった。
自分だけで罪をかぶった。
ウィリーは当然、レオを歓迎する。
ところがウィリーは、かつてレオと仲のよかったエリカ(シャーリーズ・セロン)を恋人にしている。
ここで伏線がしかれる。

 出所後の仕事は、義理の叔父であるフランク(ジェームス・カーン)が、手配してくれることになった。
フランクは地下鉄の修理会社を経営しており、ウィリーはその番頭役である。
レオはウィリーと一緒に働くことを望んだ。
しかし、ウィリーの仕事は、入札で地下鉄の役人を収賄することだった。
ライバル会社の仕事のじゃまをしに、操車場へ行くと、今までと様子が違った。
妨害工作を拒否されたウィリーは、信号係を殺してしまう。
そこでレオだけが、顔を見られてしまう。


 この殺人事件から、地下鉄の収賄事件が浮かび上がり、一大スキャンダルに発展しそうになる。
贈賄側と収賄側の両者にとって、自分たちの身が危なくなる大事件である。
顔を見られたレオを殺して、事件を闇に葬ろうとする。
ここからの展開がじつに上手い。
エリカとレオの残り火、レオの母親(エレン・バースティン)への思い、フランクの家族思い、 エリカとウィリーのもつれ、ウィリーの不信などを、うまく絡めて物語は終局へと向かう。

 目撃した警官に証言を翻させる工作が成功して、事件は贈収賄者たちの間で、一度は解決してしまうように見える。
フランクが取り分を少なくしただけで、贈収賄の構造はそのまま残る。
しかし後日、レオはすべてを証言する。
そして最初と同じ、地下鉄の車中で映画は終わる。


 前科者のレオが、更生を誓っていながら、少しずつ悪の道にはめられていく。
そして、レオだけに貧乏くじがいく。
母親のためにも、すぐにでも稼がなければならない立場から、彼は普通にやっているだけなのに、困った状態へと落ち込んでいく。
彼が蟻地獄へと落ち込んでいく様子が、うまく展開される。
事件を知ってか知らぬか、良かれと行動する女性たちが、物語を複雑にする。

 レオを演じたマーク・ウォルバーグにかぎらず、全員がやや重い演技だったことが気にはなるが、決して下手というわけではない。
ホアキン・フェニックスにしても、むしろ皆うまい。
とくに脇役を固める人たちが、定番ながら落ち着いた演技で、この映画を安定させている。
シャーリーズ・セロンが痩せて、せっかくの美人度がおちていたのが、ちょっと残念だった。

 我が国では、すでにまじめに正義を追求する雰囲気は少ない。
まじめというのは、なんだか愚か者のようにすら見える。
しかしアメリカは、愚直に正義を問う映画を作り続けている。
これには頭が下がる。
家族と正義のあいだで困惑するとき、どう行動するかとか、判断の困難な状況を設定しては、社会的な正義を優先させる。
結論への導き方も自然で、無理がない。


 この映画が言いたかったことに、信頼を守ることがある。
レオは友達を裏切らなかった。
にもかかわらず、今度は殺人の濡れ衣をもかけられてしまう。
こともあろうに、今度は仲間から殺されそうになる。
叔父のフランクすらピストルを持って会いに来る。
レオは信頼を守ったのに、仲間はそれを裏切っていく。
しかも貧乏くじを引くのは、いつも下の者である。
そして正義のために、沈黙の掟をやぶるのも下の者だ。

 正義が相対化され、信じる対象が揺れているとき、人は何に信を求めるのか。
人への信頼か。
この映画はそれを主題にしている。
しかし、正義のために身体を張っても、権力は生活を保障してはくれない。
仲間や親類を刑務所に送るという、正義を実践した後、レオの人生がどうなるのか大いに気になるところである。

 この映画は、原題が「The Yards」であり、 裏切り者は邦題である。
だから、たんなるサスペンス映画と見た方がいいかもしれない。
それにしても、充分に楽しめ、かつ考えさせる映画である。
2000年のアメリカ映画 

TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る