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イルマーレ  イ・ヒョンスン監督

 イタリア語で海とタイトルが付いているので、イタリア映画かと思うと、韓国映画である。
わが国と同様に、なんでも西洋風に表現するのが、かっこいいのだろう。

 映画のなかでも、スパゲッティの茹で方の解説があったり、ワインへのうんちくがあったり、とイタリア=西洋指向が強い。
この映画でイルマーレとは、主人公が住む家の名前でもある。
悲しいことに、韓国語ではオシャレではない、と感じているのだろう。

 1998年と2000年の、2年ばかりずれた時代に、同じ建物イルマーレに住んでいる2人がいる。
1998年に住むのはソンヒョン(イ・ジョンジュ)、2000年に住むのはウンジュ(チョン・ジヒョン)である。
タイム・トラベルといった映画は多いが、2年という短い時間の違いを、行ったり来たりする映画は珍しい。
イルマーレの郵便ポストに入れておくと、2人のあいだでは手紙や小さな荷物が届くのだった。

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劇場パンフレットから

 郵便ポストの仕組みに慣れるに従って、2人の関係が浮き上がってくる。
しかし、どうも物語にのめり込んでいけない。
時間のズレを頭で理解するなかで、物語に馴染んでいくしかなかった。
その理由は、2人のあいだに、連絡をとらねばならない必然性がないからだろう。

 たまたまイルマーレという住宅に住んだことが、2人の関係をつなぎ止めている。
2人の関係が、偶然におったままになっている。
それが訴求力の弱さだろう。

 2000年に住むウンジュは、恋人がアメリカに行くといっても、一緒に行かなかった。
1人残って声優になり、自活の道を選んだ。
これが女性の自立を意味するらしいが、これだけでは首を傾げたくなる。
女性の自立が、監督の意識にはあるようだが、まだ未消化な感じがする。

 恋人はアメリカで彼女のことを忘れ、音信不通になる。
彼女は失恋したのだが、いまだにその恋人が忘れられない。
偶然に再会すると、恋心が再燃してしまった。
1998年に住むソンヒョンは、建築科の学生だったが、卒業直前に学校を休学する。
そして、土木の現場で働いている。


 この2人のあいだに、手紙のやり取りがうまれ、それが物語を進める。
ソンヒョンは子供の頃、建築家の父に捨てられた。
そのトラウマを、ウンジュの手紙が癒すという趣向らしいが、それは伝わってこなかった。

 ウンジュとソンヒョンが恋人だというのであれば、観客は心情移入が簡単だが、2人はそれぞれが互いに現実生活の解説者のようだ。
見えぬ人間同士が、手紙という媒体をとおして、相手の存在を楽しんでいる。

 2人のあいだには、距離がありすぎる。
時間が違う世界だから、2人が出会っても互いに認識できない。
しかし、2年という短いズレだから、場所や風景は変わらない。
だから、時間を超えても、その場所に立つことはできる。

 設定は面白いのだが、主人公たちへ惹きつけるものがうすい。
2人を別々に見ると、普通の人だしむしろ好感がもてる。
ソンヒョンは実に爽やかな青年である。
ところが、2人の関係が弱いので、物語として魅力に欠ける。

 映画とは登場人物たちが、互いに交わす言葉や態度によって、ある主題を訴えるものである。
反発するでもいい共感するでもいい、とにかく強い関係をつくらないと、映画が何を言いたいのか、観客は理解に苦しむことになる。

 イルマーレという家は、干潟につきだしており、潮が満ちてくると海の上になってしまう。
この映画のためにつくられたのだろう。
建物としても、ちょっと変わっていて、いわばかっこいい建物という設定である。
室内もかっこよく、ソンヒョンはそこで料理をしたり、ワインを飲んだりする。
ステレオも高価でマニアックなものだ。


 ウンジュの家も、若い声優の家とは思えないほど、モダンな雰囲気である。
こうしたしつらえが、格好を気取っているように感じさせる。
西洋の新奇さを取り入れるのが、監督の趣味なのだろう。
わが国でも同じだろうが、途上国のカッコ付けは底が浅い。
ワインのうんちくなど、これでは笑止である。
若者の流行かぶれと見せればいいのだが、監督自身が西洋コンプレックスの塊のようだ。

 1998年に住むソンヒョンは、ウンジュにデートの現場へ来て、恋人とのあいだを取り持って欲しいと乞われる。
彼は現場へと向かう途中で、交通事故にあって死んでしまうが、2000年に住むウンジュには、事前に彼の交通事故死がわかって慟哭する。
1998年当時、まだソンヒョンを知らないウンジュは、彼の死をただ見つめている。
この顛末は理解できる。

 しかし、その後でソンヒョンが生き返って、ウンジュのもとに現れるのは理解できない。
結局この映画はいったい何が言いたかったのだろう。
ウンジュとソンヒョンが恋人になるにしては、2000年に住むウンジュの恋人が邪魔である。
ソンヒョンとウンジュが結ばれる必然性は、まったくないと言ってもいい。

 メールで仲良くなるといった映画はあり、この映画は仮想時空間に触発されたのだろうが、何を訴えたいのか主題がわからない。
画面を美しく見せようと、強く意識しているのは、よく伝わってくる。
画面が実に決まった構図になる。しかし、それもややパターン化している。

 韓国の西洋志向的な映画を、西洋かぶれと批判するのは容易い。
むしろそれは、わが国のほうがひどく、その事例は無数にあるだろう。
いずれも途上国は、先進国の後を追わざるを得ないが、先進国側から見ればすでに通った道だから、そこからは感動を受けることはない。
ソンヒョンを演じたイ・ジョンジェが、自然な演技だった。

 蛇足ながら、主人公を殺して物語を終わらせるのは、あまり誉められたエンディングではない。

 2000年の韓国映画

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