タクミシネマ         薔薇の眠り

薔薇の眠り       アラン・ベルリネール監督

 フランスのプロヴァンス地方から映画は始まる。
若い未亡人のマリー(デミ・ムーア)が、二人の子供と一緒に生活している。
母親も近所に住んでいるらしく、長閑な田園風景である。
しかし、彼女にはマーティ(デミ・ムーアの一人二役)と名乗るニューヨークでのもう一つの生活があった。
こちらはバリバリの独身職業人で、出版社の偉いさんである。
同じ一人だが、彼女は眠りから目が覚めると、別の人格へと変わっているのだった。
どちらも現実感があり、決して夢ではない。
二つの現実を生きるのは、自分でも奇妙なことに思えて、自分でも一種の精神障害と自覚していた。

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 二つの現実は別々に進み、両方の世界で彼女は手応えのある生活をおくっている。
プロヴァンスでは二人の子供を可愛がり、母親とも会話する日々。
寡婦とは言え、充実した日々である。
ニューヨークでの彼女もまた充実した日々である。
辣腕編集者として活躍し、言い寄る男はあまたいる。忙しい日々だが、それなりに楽しんでいる。
しかし、二つの生活をおくるのは不自然であると、彼女は悩んでもいる。
悩みを自覚しているところが、ちょっと気になる。

 やがてプロヴァンスではウィリアム(ステラン・スカルスゲールド)という恋人ができ、ニューヨークではアロン(ウィリアム・フィッチナー)という恋人ができる。
二つの生活を生きることを両方に打ち明ける。
二人の恋人はそれぞれに良心的で、とても真面目に対応してくれる。
しかし、同じ身体が別々の世界で、二人の男性を相手にしているのである。
言葉を交わしているうちは、言葉なる観念という幻想のやりとりとして、切迫感なしにすんでいた。
肉体関係が生じると、具体的な肉感の世界に入ってくるわけだから、一つの体の中に二つの現実を併存させることができなくなる。

 現実は観念によって意味づけられ、再構成されたものだから、架空の現実を現実的現実として生きることは不可能ではない。
架空の現実その典型は夢だが、夢であっても怖ろしい体験をすれば全身に汗をかくことはあるし、恐怖に全身が引きつることもある。
無意識のうちに冷や汗をかいたり声を出すのは、観念が肉体を支配しているからだが、観念は結局のところ肉体を超えることはできない。
ソフトはハードを超えられないのだ。
頭脳は肉体の上に成り立っているのである。
だから性的な快感のように、直接的に肉体が感じてしまうことが別々に発生すると、観念は耐えきれなくなってしまう。
ウィリアムともアロンとも関係が充実して、肉感性が高まってくればくるほど、彼女の中では自己存在が矛盾してくる。

 二つの現実を生きてきた彼女だったが、性関係が深まるにつれ、ゆっくりと人格が一つに収斂してくる。
母親を11歳の時に失った彼女の生い立ちが、現在の彼女の心的な状況に強く影響し、架空の現実をきわめて強力に信じ込んでいたのだった。
結局、強迫観念のいたずらだったという結論である。
プロヴァンスの生活が消失し、ニューヨークの生活だけが現実として残る。
結末としては素直なもので、自然のうちに映画は終わる。
リアル・リアリティとヴァーチャル・リアリティを行き来するという主題は今日的で納得できる。
しかも、現実は観念の産物であり、そのなかで肉体という具体が観念を支え、幻想である観念の鼎立に決着を付ける。
まさに頭脳と肉体の関係を、図式的に描いて見せたものである。
原題は「Passion of mind」で、強い観念の独走といったところだろうか。


 「ザ・トゥルーマンショー」「マトリックス」「ファイトクラブ」といった虚実二面の系列に属する映画で、主題に関しては何の反論もないし、すべて肯定する。
映画としても平均点は付ける。
しかし、物語が平坦で起伏に欠け、観客を引き込むような娯楽性が薄い。
悪い映画でもないし、見て損をする映画ではないが、優れた前述の映画に比べると、残念ながら何かイマイチの完成度である。

2000年のアメリカ映画


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