タクミシネマ       年下のひと

年下のひと    ディアーヌ・キュリス監督

 ジョルジュ・サンド(ジュリエット・ビノッシュ)とアルフレッド・ド・ミュッセ(ブノワ・マジメル)とのあいだの恋を描いたフランス映画である。
ジョルジュ・サンドは離婚し2人の子持ちである。
しかも、ミュッセのほうが6歳若い。
当時としては、きわめて異例の話である。
ジョルジュ・サンドの勇気ある行動はさまざまに有名だが、この映画は年下の破滅型の天才との非日常的な日々を描いている。
 
劇場パンフレットから

 1800年代初頭、つまりナポレオンや7月革命の時代には、旧体制と新たな秩序が対立し、政治的な暴力が吹き荒れていた。
しかし、権力は男性から男性へと移り、女性は世継ぎを生むだけという存在でしかなかった。
近代は男性を旧体制から一人格として解放したが、女性は相変わらず人格として認められてなかった。
今日のように、女性にも男性と同じ人権があるということは、想像もつかなかった。
そんな時代に、ジョルジュ・サンドは離婚し、ショパンやリストなどなど多くの男性と浮き名を流す。
ミュッセもそのうちの一人であった。

 1500年頃には活版印刷が完成していたが、文字が読めるのは貴族や僧侶でしかも男性だったろうから、女性が物書きとして生活するのは奇蹟に近いことだったと思う。
筆で生計を立てる彼女は、経済的に自立していたがゆえに自由な生活が出来たとはいえ、本当に大変なことだったろう。
著作権などまだ確立されていなかった当時、文章は買い切りだったはずだから、書きまくらなければ生活ができなかったに違いない。
事実、この映画でも、彼女はいつでも仕事をしている。
時代の先蹤者には頭が下がる。

 と、ジョルジュ・サンドの生き方には最大限の敬意を表するし、時代を画した闘士であることも大いに評価する。
しかし、文学的な才能という意味では、ちょっと疑問が残る。
ミュッセは破滅型の生活破綻者で、麻薬や酒に溺れ若くして死ぬが、彼の生き方はまさに天才のそれであり、文学的な才能はジョルジュ・サンドの比ではないように見える。
彼女はいわば秀才型の人間で、彼女を評価するとすれば、文学の才能ではなしに、時代を早く生きたということだろう。
もちろんこのことだけでも、大いに尊敬に値するが、才能とは残酷なものである。

 映画の出来となると、話はまったく別である。
まず今日、一人の年下の男性を愛したことを主題にすることが、すでに時代遅れである。
ましてやそれを純愛化し、ミュッセこそ彼女が愛した本当の恋人だ、と言ってもまったく意味がない。
むしろ、男から男へと渡り歩いた男性遍歴こそ、しかも彼女の相手の中には歴史に名を残した優れた男が多くいる男性遍歴こそ、誇りを持って描かれるべきだろう。
なぜ、彼女が優れた男性を魅了できたのか、なぜ男性と恋に陥りながら自意識を保てたのか。
男性に惚れた女性の多くは、男性に尽くしてしまいがちであるが、彼女はきちんと自分で立っており、他の男に乗り替えるのである。
そうした彼女の独自性こそ描かれるべきである。

 一人の人を愛することが美しいように感じがちだが、むしろジョルジュ・サンドから学ぶべきは、自立が恋の前提だということだ。
何人の男と恋をしても良い、どんな男と寝ても良い、ただ自分を鍛えること。
それがより良き男をつかまえる道なのだ。
自分と合わなくなったら別れればいい。
男はいくらでもいる。
そう考えれば、この映画の主題はまったく古いと言わざるを得ない。
一見女性の自立を謳っているが、彼女の恋を年下の一人に限定することによって、むしろ彼女の自由さを隠してさえいる。

 主題も古ければ、撮影もいただけない。
平凡な画面構成。
黒がつぶれてしまった色彩。
ライティング量の不足。
前半こそそれなりの展開だったが、後半では明らかにだれていた。
フランスはたくさんの遺産がありながら、その遺産を未来に向けて使うことができず、ただそれを食いつぶしているだけのように感じる。
過去の研究は学者のやることであって、過去をただ過去として描いても、映画としてはちっとも面白くはない。
この映画は女性監督によって撮られているが、女性が女性の未来を閉じているように感じる。

1999年のフランス映画。


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