タクミシネマ        遠い空の向こうに

遠い空の向こうに  ジョー・ジョンストン監督

 アメリカの田舎町ウエスト・ヴァージニア州のコールウッドに住む高校生が、ソ連の人工衛星スプートニク打ち上げ成功を聞いて、ロケットに興味を持つ。
周囲の無理解を押し切って、ロケットの実験を繰り返し、やがてNASAの技術者になった。
この映画は、天才科学者の伝記ではなく、一人のロケットが好きな男の実話をもとに作られている。
普通の男の好奇心が未来へと繋がる、それがいかにも青春が青春として機能していた時代を思わせる。
遠い空の向こうに [DVD]
 
前宣伝のビラから

 炭坑の町では、男性はすべて炭坑夫になる。
それが町の不文律だった。
1957年当時、石炭産業は衰退に向かってはいたが、まだまだ大きな産業で、男性たちの一人前の職業だった。
主人公ホーマー(ジェイク・ギンレイホール)の父親ジョン(クリス・クーパー)は、炭坑会社の中堅技術者で、炭坑に限りない愛情とプライドをもっていた。
しかし、ホーマーはロケットに目覚め、もはや炭坑夫になるつもりはなかった。
父親が代表する当時の常識と子供たちの戦いを描いたもので、映画としてはきわめてオーソドックスな作りで、良心的な秀作である。
やや保守的なスタンスだが、映画作りのつぼを心得ており、笑わせ泣かせ良くできている。

 映画を支える社会的な背景が、同時代的であるだけに良く理解でき、胸が熱くなった。
その社会の常識が、社会の主な生産を支えており、常識が簡単に消滅したら社会が成り立たない。
その常識は、現在を語るものであり、決して未来を語るものではない。
社会を支える成人男性は、自分たちの仕事に生きがいをもっており、現在の価値観に生きている。
だから、どこの世の中に起きたことか判らないロケットの話など簡単に乗れるわけがない。
しかし、子供は違う。子供は夢に生き、未来に生きるものである。

 大人の世界では無用の物をつくってもらいに、大人たちの日常に紛れこむ。
炭坑町の大人にとって、ロケットなど戯言である。
大人を代表する父親は、子供を理解しようとはするが、自分の価値観を信じているだけに、子供と確執をおこす。
しかし、学校の先生や母親は、男性ほどには現在を支えていない。
そのために、子供の未来に希望を持ち、男性との間に入って子供をかばう。
この映画では、ホーマーの仲間が三人登場するが、高校の教師ミス・ライリー(ローラ・ダーン)は、それに劣らず大きな影響を与えた。

 この映画では、大人たちが自分の職責をきちんと果たしていた。
男性は生産力を担い、家庭を支える。
女性は働く男性を愛し、家庭を守る。
教師は子供の未来を伸ばそうと懸命に努力する。

 それぞれがそれぞれの立場で、自分の仕事をきちんと果たす、古き良き時代だった。
果たすべき役割がきちんと決まっていたから、疑うことなく自分の仕事に没入できた。
しかし、役割が決まっているというのは、反面では身分社会である。
炭坑夫の家に生まれたら、男は炭坑夫になる。
それは前近代的な社会である。

 近代的な社会とは、各人の役割は決まっておらず、それぞれの役割は自分が作るものである。
そのため、自分の仕事は誰も正当化してくれず、きわめてあやふやなものである。
工業社会が、前近代性を引き継いできたから、工業社会が成り立ったのだが、工業社会はその次の社会を生みだす。
それには工業社会の倫理、つまり誰でもが可能性をもっていることが前提になる。
しかし、誰でもが可能性をもっていることは、安定はしていないのである。
つねに変転きわまりないから、機械やロケットなど発明できるのである。

 それにしても、アメリカの社会は裕福だった。
1957年当時、家庭には冷蔵庫があり、テレビがある。

 車は各家庭にも行き渡り始め、高校生でも車の運転ができた。
また、子供たちのロケット打ち上げを、町の人たちが見に来る。
それは現在のNASAに通じるものがあるし、新たなものへの好奇心がアメリカを作ったのだろう。
現在に至るアメリカの底力と、工業社会の夢が語れた時代を味あわせてくれた映画だった。
父親のジョン、母親(ナタリー・キャナディ)、ミス・ライリーと、キャスティングが良かった。

 工業社会は男性社会であることを、この映画でも感じさせた。
女性たちは職業指向がなく、夢を見る男性を選ぶだけなのだから。
現在なら、女性たちも自立の道を選ぶだろうが、工業社会の真っ盛りだった当時は、女性は男性の援助者でしかなかった。
それにしても、結論が誰の目にも判る自然科学系は明快で良い。
ホーマーが思想や哲学に凝ったら、こうはいかなかっただろう。

 原題は「October sky」 1999年のアメリカ映画。


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