タクミシネマ        サマー・オブ・サム

サマー オブ サム      スパイク・リー監督

 1977年の夏、ニューヨークはきわめつきの猛暑だった。
夕涼みにでもと、戸外に出たい人たちを、震撼させる連続殺人事件があった。
「サン オブ サム」と名乗る男が、次々と殺人をおかしたのである。
この事件を背景にしながら、映画は1970年代後半の風俗を、イタリア系アメリカ人の社会をとおして映し出す。

サマー・オブ・サム [DVD]
 
ぴあ(4.17)p70から

 ブルックリンに住む美容師の男ヴィニー(ジョン・レグイザモ)は、チビで不男だったがなぜかモテモテで、美人の妻ディオナ(ミラ・ソルビーノ)と結婚していた。
しかし、浮気癖がおさまらず、手当たり次第に浮気を繰り返していた。
彼は浮気相手の女性とは、さまざまな姿態をとってセックスを堪能していたが、妻とは男性上位で実に淡泊なセックスだった。
彼は妻とのセックスは子供を作るためのもので、楽しむものではないと考えていた。
そして、妻以外の女性とは楽しむセックスをするものだ、とおかしな考えをもっていた。
そのため、ディオナはセックス不完全燃焼に陥っており、ヴィニーの浮気を疑っていた。

 この映画は、連続殺人事件を背景にしている。
正義感に目覚めやすい若者と、浅薄な正義感が新たな犠牲者を生みだしていく構造を伏線にして、1970年代の若者たちの人間模様を描こうとしている。
ディスコやパンクが登場し始めた時代、活力がありながらマリファナなどが広がり始めた、混沌が幕開いた時代を描く。
それはヴィニーとディオナの関係に象徴されているように、男性と女性が一対の関係を作るのを良しとしながら、女性の台頭があって、旧来の男女関係は崩れ始めていた時代だった。
男の浮気は甲斐性であり、男性は女性に目移りすることは変わらなかったが、女性はそれに耐えなくなり始めていた。
最後に、別れないでくれと懇願するヴィニーをおいて、ディオナは家を出ていく。

 主人公の二人を支える脇役にも、面白い人たちが登場する。
パンク狂いの男リッチーは、イギリスに行っていたとか、イギリス訛りの英語が笑いを呼ぶ。
当時の流行がアメリカではなく、イギリスから情報が発信されていたことがよく判る。
60年代には、アメリカ独自の文化が花開き始めたが、パリの五月革命などまだまだヨーロッパの影響は強く、今日のアメリカの一人勝ちとは随分と様子が違う。
スタジオ54などがあったとはいえ、当時のアメリカは田舎だった。
パンクの男リッチーは、当時のイタリア系アメリカ人の間では変わり者で、浮いた存在だった。
田舎社会アメリカでは違うものの存在を許さず、連続殺人犯に間違えられていく。

 色彩も原色に近く、いかにも70年代という泥臭い画面である。
ぴたぴたスーツにフレーヤーのパンタロンに、時代を感じる。
今の大人つまりベビーブーマーには、古き良き時代だったというノスタルジアをまじえて、個人がバラバラになり始めた時代を描いている。
それは誰かと言って、スパイク・リー監督自身である。
黒人解放を中心に据えて、時代と格闘してきたスパイク・リーだが、こうした映画を撮るようになっては、その活力は衰えたと言わざるを得ない。

 一般に社会や体制批判を表現の梃子としてきた監督は、時代が移り変わっていくに連れ、取り残されることが多い。
スパイク・リーも黒人差別に立ち向かって優れた映画を撮ったが、黒人差別も一様ではなくなった。
黒人でも裕福な者が出始め、黒人であることを差別撤廃運動の原点にはできなくなってきた。
黒人であるがゆえに差別されるといっても、裕福な黒人が広範に登場してしまえば、個人の努力次第となってしまう。
いまだ黒人の地位は低いが、裕福な黒人の登場は黒人であることを原点に据えた運動を、分散化し解体させていくのは必然である。
女性運動にも同じことが言え、女性が相当程度に台頭してしまえば、女性であることを運動の原点にすることはできない。

 表現とは体制がいかにあろうとも、個人の内面をじくじくといじる作業なのだろう。
社会や体制は大きなものだが、個人に影響を及ぼすという限りでのものでしかない。
個人とは弱いものでもあるが、同時に社会を越えた強いものでもある。
個人の内面にこだわること、いいかえるとオタクであることが、世界的に共通化されてきた時代だと感じるのである。
谷崎潤一郎など、オタクの典型である。
だから、彼は時代や場所を超えて、人を打つのだ。

1999年のアメリカ映画


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