タクミシネマ        イギリスから来た男

イギリスから来た男    スティーブン・ソダーバーグ監督

 ロス・アンジェルスで娘が殺された。
それを知った父親は、復讐のためにイギリスからやってくる。
犯罪者のようには見えない紳士然としたこの父親(テレンス・スタンプ)は、刑務所に出たり入ったりしており、娘とは相性が悪かった。
娘は生前、自分に父親はいないとすら言っている。
しかし、子を思う父親の気持ちが、復讐に駆り立てるという、時代劇さながらの設定である。

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劇場パンフレットから

 娘は、二廻り以上も年の離れた音楽プロデューサーのヴァレンタイン(ピーター・フォンダ)と知り合い、恋人同士の関係になる。
すでにここがちょっと変な設定であるが、それには目をつぶる。
1960年代に全盛を極めた彼は、今でもお金持ちの生活をしているが、家計の実態は火の車である。
麻薬取引によって生まれた金の、マネーロンダリングを請け負ったところ、それが娘に知られてしまう。
潔癖性の娘は、それを警察に知らせると騒ぎ立てた。
彼はそこで仕方なしに、娘を事故に見せかけて殺してしまうのである。
その内幕を暴くべく、父親はロス・アンジェルスを走り回る。

 テレンス・スタンプが演じる父親は、すでに年老いており、いくらスーパーマン的な設定でも身体が付いていかない。
格闘シーンなど、体が動いておらず悲惨なものである。
しかし情報社会では、年老いても枯れることなく、若者と同じような精神構造であることは、当たり前である。
今までは加齢が人間を豊かにし、円満な人格を作ったが、今や幾つになっても熟成しない。
まさにアダルトチャイルドの時代である。
肉体の衰えを自分の目で睨みながら、闊達な精神は状況を切り開こうとあがく。

 スティーヴン・ソダーバーグがメガホンをとっているが、映画としてはほとんど見るべきものはない。
26歳の時に「セックスと嘘とビデオテープ」を撮り、早熟の天才とみられた彼だが、追いかける主題を持たない者の映画は、美意識だけに頼ることになる。
確かにこの映画でも、テレンス・スタンプのアップが何度もあり、そのシャープなピントや画面構成など、何らかの才能めいたものを感じさせる。
毛穴がくっきりと写った画面は、父親の心理を雄弁に物語っていた。
短いカット割りも心理描写を畳みかけて効果があった。
もっとも、それはテレンス・スタンプの演技力のせいであったのかも知れない。

 「セックスと嘘とビデオテープ」は、虚実が綯い交ぜになる時代を先取りしていたが、あれは若さという特権が時代と共鳴したに過ぎなかったようだ。
彼はこの映画で何を訴えたかったのだろうか。
テレンス・スタンプとピーター・フォンダというかつての有名俳優を使い、音楽など60年代のモチーフをたくさん使いながら、主題らしきものが見えてこない。
映画はフィクションだから、どんな状況を設定しても良いが、主題を表現するための必然性が必要である。
単なる過去を懐古するだけでは、特別なファン以外は納得しないだろう。

 サターンと古いメルセデス450を壊しており、お金がない制作費の中で、派手に見せる苦労をしている。
しかし、安物を壊すことは、かえってお金のないことが判ってしまう。
金持ちの生活を描きながら、借りた家のロケだと言うことも感じさせてしまい、ちょっと寂しかった。
お金がないときは派手に見せようとはせず、ないなりに質素に作った方が良いように思う。
二台の車を壊すことが、この映画にどのくらい影響があったかといえば、あまりなかったとしか言いようがない。
ところで、コダック特有の色彩で発色がとても良く、エド・ラックマン撮影になるライティングと露出の上手さが光った。

1999年のアメリカ映画。


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