タクミシネマ        狂っちゃいないぜ!

狂っちゃいないぜ! マイク・ニューウェル監督

 飛行場の航空管制を担当する組織、トラコンに属する人たちを描いた映画である。
ニューヨークにあるこのトラコンは、JFK、ニューアーク、ラ・ガーディアと三飛行場を管轄とする。
そのため、発着機数も多く、繁忙を極めていた。
しかも、航空管制という仕事は、安全・無事が当たり前であって、一度でも事故をおこしたら一生非難される損な仕事である。
そのため、管制官には大きなストレスがかかり、職場にとどまれるのは50%だという。

狂っちゃいないぜ [DVD]
 
劇場パンフレットから

 ニック(ジョン・キューザック)は、このトラコンでもナンバーワンの腕前だった。
そこへ妖しげな男ラッセル(ビリー・ボブ・ソーントン)が入ってくる。
彼は一見すると狂っているように見えたが、きわめて優秀な管制官であった。
ニック以上の腕前かも知れなかった。
そのため、ニックは不安になり、仲間の掟を犯して、ラッセルの奥さんのメリー(アンジェリーナ・ジョリー)とベッドをともにしてしまう。
しかし、ラッセルの反応はニックの理解を超えたものだった。

 ニックはラッセルとの関係から、精神のバランスを崩す。
彼は奥さんのコニー(ケイト・ブランシェット)から浮気の追求を受け、彼は奥さんとも上手くいかなくなる。
やがて仕事にも影響が出始め、彼は休養をとらされる。
最後は奥さんとも復縁し、ハッピーエンドになるのだが、この映画も肉体と精神という「ファイトクラブ」と同様の主題を描いている。

 仕事に手応えがなくなった情報社会、このトラコンでもそれは凄まじい。
長時間にわたってスクリーンのモニターを見つめ、目だけが仕事をしている。
スクリーン上の白い点が飛行機であり、それには何百人という人間が乗っている。
しかし、それを管制するには、肉体的な体力は不要である。
ただ精神的な集中力だけ。次々に飛行機に指示はだすが、肉体はまったく使わない。
仕事のうえで肉体的な手応えはない。
優秀な管制官であるラッセルは、仕事での手応えのなさを、ジャンボ機の後ろにできる乱気流に巻き込まれることに求める。

 ジャンボ機が飛行場に着陸する後ろに立ち、乱気流のままに吹き飛ばされるのである。
死ぬかも知れないほどの危険な行為だが、それが彼にいきる手応えを与えてくれる。
そうやって、辛うじてラッセルは精神と肉体のバランスをとっている。
しかし、若いニックはそうした術を持たない。
精神のバランスが崩れると、たちまち仕事や日常生活が不調になってしまう。
精神だけの職業は、肉体への没入がないので、無意識の肉体労働を呼んでくれない。
精神の自立性を、精神活動だけで維持しなければならない。
「ファイトクラブ」と同じ主題を扱ってはいるが、映画の出来は相当に違う。

 まず、ラッセルの登場が不自然である。
ラッセルは狂っているような人物として登場するが、なぜ彼が狂っているかどうもよく判らない。
もし本当に狂っていれば、他の飛行場でも問題を起こしているはずで、より業務の過酷なニューヨークへ来るはずがない。
それに彼の奥さんのメリーも、彼とは20才以上も年が離れた美人という設定だが、不思議な行動が多く、理解不可能である。

 ニックの不倫は明らかにメリーが誘ったものだが、ラッセルとの関係でいえば、彼女にはニックを誘う動機がないように思う。
それに彼が突然に辞めるのも不自然で、ニックとの再会もよく判らない。
この二人の行動が不自然なので、物語が滑らかに展開しない。
設定は今日的だから、この二人にもう一工夫すれば、面白い映画になったろうと思う。
原題は「Pushing Tin」だから、狂うのとはまったく関係ないのかも知れないが、それにしても理解しにくい展開だった。 

 ジョン・キューザック、ビリー・ボブ・ソーントン・ケイト・ブランシェットと有名俳優も出ており、セットにもお金がかかっている。
それなりに力の入った映画だとわかるが、脚本が書き込み不足でちょっと中途半端な映画だった。
しかし、この手の主題はわが国では、ほとんど理解されないだろうが、今後のアメリカ映画にこうした主題が多くなっていくのは、自然の成り行きだろう。
情報社会での人間のあり方を考えるのは、もう待ったなしである。
精神と肉体の全体性を、快復することは不可避となっている。
脳天気楽なわが国とは、ますます差が開くばかりである。

1999年のアメリカ映画。


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

 「タクミ シネマ」のトップに戻る