タクミシネマ        フローレス

フローレス     ジョエル・シューマッハ監督

 ニューヨークでの話。手柄を立てた警官ウォルト(ロバート・デ・ニーロ)が定年前に引退して、ぼろいホテルに独り暮らしをしている。
そのホテルは様々に訳ありの人が住んでいる。
一つ上の階にはドラッグクィーンのラスティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)が騒々しく住んでいた。

 ある時、ビルの最上階にあるギャングの部屋から大金が盗まれる。
それはラスティの友人の仕業で、ラスティのもとへ逃げてきた彼は、そこで追い詰められて殺されてしまう。
その騒ぎを聞きつけたウィルトは、犯人を追いかけるべくピストルを片手に飛び出す。
しかし、その途中に突然の脳卒中で昏倒して、意識不明で病院へ送られる。

フローレス [DVD]
前売りの宣伝ビラから

 ウォルトは退院してはきたが、半身不随の上に言語障害が残ってしまった。
医者からリハビリには歌を歌うのが良いと言われ、恥を忍んでラスティのところに歌を習いに行く。
共和党支持者のウォルトと、ドラッグクィーンのラスティは水と油の仲。
とても仲良く歌を習うとは思えなかったが、反発しながらも徐々に仲良くなっていき、気がついたら二人は大の親友となっていた。
ギャングのところから盗んだお金は、ラスティのところに隠されたままになっている。
それをもとにラスティは性転換手術をすると、ウォルトに打ち明ける。
しかし、ギャングもそれを察知。
ラスティを締め上げるが、ウォルトの機転でラスティは無事。
しかもギャングは殺されると言うハッピーな結末である。

 警察官であるウォルトは、ごりごりの共和党支持者であり、間違ってもドラッグクィーンと友達になるわけがない。
この映画は、形式的な役割などまったく問題にしない。
人間の内心こそ大切で、人間の形をしたものはみな同じだと言う。
形式を大切にするウォルトの人生は、形式を失ってみるとつまりお金がなくなると、彼の意志に反することばかりが起きる。
形式ではなく人間の内実を大切にしようと言う主張は判る。

 しかし、ドラッグクィーンは男性という形式を捨てて、女性という形式を体得したいと願うとしたら、ドラッグクィーンこそ形式主義者ではないか。
ウォルトとラスティは敵対的であるように見えるが、形式主義的であるという意味では両者は同質である。
そのあたりがこの映画製作者たちには認識されていただろうか。

 元気だった頃のウォルトは、典型的な良識人である。
女性とベッドはともにするが、売春婦といわれる女性には見向きもしない。
タクシー・ダンサーは売春婦ではないとベッドをともにするが、その度にねだられたお金を渡している。
実態は買春である。

 しかし、彼には女を買っている意識はなく、女性の生活を助けているとしか思っていない。
彼が倒れて、お金がなくなると、そのダンサーは寄りつきもしない。
彼が売春婦と軽蔑した女性が彼のことを心配してくれる。
何だか甘っちょろい話ではあるが、お金ではなく心だというセンチメンタリズムなのだろう。

 表面的にはドラッグクィーン肯定の映画だが、保守的なロバート・デ・ニーロが良く出演したものである。
映画の中でも、共和党のゲイというのが出てきて面白かったが、ドラッグクィーンはゲイとも違うようだ。
ゲイは男性のままであり続けるが、ドラッグクィーンは女性になりたいらしい。

 ドラッグクィーンは、むしろ性転換者と考えた方が良いかも知れない。
ラスティがさかんに性転換したいと言っていた。
男性が女装するドラッグクィーンを肯定するが、男性器を切断してまで、男性という形式に拘るのは異常と思える。
男性器があろうとなかろうと、他者と人間関係を結ぶことはできるはずである。

 ロバート・デ・ニーロの演技には定評があるし、相方を務めたフィリップ・シーモア・ホフマンも上手い演技だった。
ロバート・デ・ニーロの方は地だったとしても、フィリップ・シーモア・ホフマンは肥った身体をぴちぴちの衣装に包み、なかなか達者に女役を演じていた。

 ダスティン・ホフマンの「トッツィー」などの前例があるが、あれだけ素の自分と違う役を演じるのは、役者として楽しかったと思う。
しかし、ロバート・デ・ニーロの演技は重く堅くてゆっくりしているが、フィリップ・シーモア・ホフマンのほうは軽く早いので、ちょっとリズムがあっていなかったようだ。
二人の演技の質的な違いは、これからの映画の動きを予感させている。 

 現代的な主題、実績のある監督、有名で達者な役者たちというのに、銀座シネパトスだけの単館上映という寂しさは何故か。
コメディ仕立てのこの手の映画は、わが国では受けないと見なされているのだろうか。
劇場ではパンフレットも作られず、この映画に対する期待の低さがありありだった。

1999年のアメリカ映画。


TAKUMI シネマ>のおすすめ映画
2009年−私の中のあなたフロスト/ニクソン
2008年−ダーク ナイトバンテージ・ポイント
2007年−告発のときそれでもボクはやってない
2006年−家族の誕生V フォー・ヴァンデッタ
2005年−シリアナ
2004年−アイ、 ロボットヴェラ・ドレイクミリオンダラー ベイビィ
2003年−オールド・ボーイ16歳の合衆国
2002年−エデンより彼方にシカゴしあわせな孤独ホワイト オランダーフォーン・ブース
      マイノリティ リポート
2001年−ゴースト ワールド少林サッカー
2000年−アメリカン サイコ鬼が来た!ガールファイトクイルズ
1999年−アメリカン ビューティ暗い日曜日ツインフォールズアイダホファイト クラブ
      マトリックスマルコヴィッチの穴
1998年−イフ オンリーイースト・ウエストザ トゥルーマン ショーハピネス
1997年−オープン ユア アイズグッド ウィル ハンティングクワトロ ディアス
      チェイシング エイミーフェイクヘンリー・フールラリー フリント
1996年−この森で、天使はバスを降りたジャックバードケージもののけ姫
1995年以前−ゲット ショーティシャインセヴントントンの夏休みミュート ウィットネス
      リーヴィング ラスヴェガス

「タクミ シネマ」のトップに戻る