タクミシネマ        フェリシアの旅

フェリシアの旅     アトム・エゴヤン監督

 アイルランドの若い女性フェリシア(エレーン・キャシディ)が、イギリスへ行った恋人を追いかけてくる。
彼女は妊娠している。
恋人は手紙もくれず、住所も定かではない。
彼が芝刈機工場に勤務している、という手がかりだけを頼りに、恋人を捜し回る。
あてを失って困った彼女には、工場の支配人を務める中年男性ヒルディッチ(ボブ・ホスキンス)が、何かと親切にしてくれた。
しかし、この男性は殺人者だったのである。

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劇場パンフレットから

 フェリシアの旅という題だから、主人公は当然フェリシアだと思うが、むしろ主題としては中年男性ヒルディッチのマザコンと孤独にある。
フェリシアは恋人を追ってきただけだし、この男に半ば騙されて中絶手術を受けてしまうが、いずれも若い時代にはありそうな話である。
それに対して、ヒルディッチは複雑である。
彼はテレビの料理番組を持っていた母親ガラ(アルシネ・カーンジャン)の一人息子として育つ。
彼は母親に溺愛されてはいたが、小さな時から潔癖性というのか独特の趣味があった。
50歳を越えているだろう今でも独身で、母と一緒だった家に住んでいる。

 工場の給食支配人を務め、それなりに出世したようだが、いまだにモーリスのマイナーに乗っている。
彼は決して上流階級の人間ではないが、母親の残した家は広く、古い文化の香りがした。
そこに住む彼は、母親の出演したテレビの料理番組のビデオを見ながら、自分でいつも料理をつくっている。
そして、それをきちんとテーブルセッティングし、食堂で一人で食べる。
子供の頃に嫌いだったレバーは、いまだに食べることができない。
それでもビデオにあれば、それに従ってつくってしまうという、不思議な男だった。

 通常の人間関係を理解できない彼は、食べ物には異常なくらいの関心を示した。
一人で凝った料理をつくり、それを食べる中年男性は、内心ひどく孤独だった。
誰も彼に関心を持たない。
そこで彼は、無害そうな若い女の子を見つけると、親切なところを見せ車に乗せて、彼女たちをビデオに撮っていた。
おそらく自分に逆らうほどの力のない若い女性たちを、自由にできる楽しさに浸っていたのだろう。
彼には愛し合いされるという相互の関係がない。
しかも、そのうち何人かは愛玩のあまりに、殺してしまっていたのだ。
愛情のゆえに殺したという眼で、大久保清事件を見直してみると面白い。

 フェリシアも殺される運命にあったが、彼女が妊娠していたので、まず中絶手術をすすめた。
マザコンの彼には、妊娠中の女性を殺すことはできなかったのである。
彼女は病院から帰って、ヒルディッチの家のベッドに横になっていたが、なぜか不思議な予感に導かれて、ヒルディッチの家を出る。
彼は自力で動く意志をもった者には手が出せない。
フェリシアが彼のもとを去る固い決意を見せると、そのまま彼女を立ち去らせるのだった。
そして、その直後に彼は自殺してしまう。

 中年男性の屈折した心理を描いており、女性が強くなったことへの裏返った心理描写である。
この監督は、前作「エキゾチカ」でも、若い女性とからませて、安定を欠いた男性の心理を描いていた。
自力で立てない男性に優しいのだが、前作は殺人にまで至らなかった。
今回は連続殺人犯である。
しかし、殺人の動機は射精指向の暴力的な強姦殺人ではなく、屈折した小児愛玩的なものである。
「コレクター」と同様に、性の潜在意識に動かされながら、その昇華がうまくできずに、愛情過多と愛情欠乏によって殺人へと至ってしまう。
孤独な現代人の複雑さを描いているのだろう。

 鋭くピントがあった画面で、画面がくっきりと見える。
色彩的に美しいというわけではないが、アップになった顔の画面などきわめてリアルである。
登場人物を画面中央から外し、美意識はなかなかに鋭いものを感じるが、オタク的な感覚である。
会えばきっと優しい人なのだろうが、前作の「エキゾティカ」といいこの映画といいマザコン的な少女趣味で、裏返った男性至上主義者という感じがする。
リュック・ベッソンと同様に、成熟した女性が怖いのだろう。

1999年のイギリス・カナダの映画。


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