タクミシネマ        隣人は静かに笑う

 隣人は静かに笑う   マーク・ペリントン監督

 大学でテロリズムについて教えるマイケル(ジェフ・ブリッジス)は、三年ほど前に奥さんを亡くしている。
奥さんはFBIの捜査官で、捜査に行ったとき、撃ち合いになって殺された。
しかも、その捜査というのが、銃器を100挺も仕入れたので、危険人物と見なしての内偵だった。
しかし、相手はまったくの無実であり、FBIの見込み捜査による勇み足だった。
いわば空振りの捜査で、奥さんは死んだのだった。
隣人は静かに笑う [DVD]
劇場パンフレットから

 傷心のマイケルは、残された子供グラントと二人暮らしだったが、新しい恋人ブルック(ホープ・デイビス)ができていた。
そんな時、筋向かいのラング家の長男を助けたことから、マイケルはラング家の人たちと親しくなる。
また、マイケルの子供グラント(スペンサー・クラーク)もラング家のブラディ(メイソン・ギャンブル)と仲良くなっていく。
しかし、マイケルはラング家の人たちが、どうも腑に落ちない。

 ラング家の主人オリバー・ラング(ティム・ロビンズ)は、建築家だと名乗り、ショッピング・モールの設計をしていると言うが、彼の書斎にはそれらしき資料はない。
彼の持っている青焼き図面は、事務所ビルのものである。
しかも、宛名が違う妙な手紙が来ている。
不審に思ったマイケルは、オリバーと言う人物を調べ始める。
すると、彼の以前の名前はウィリアムス・フェニモアで、16歳の時に爆弾事件で逮捕されている。

 調べれば調べるほど、マイケルには怪しげな空気を感じるが、ブルックはじめ他の人たちは他人のプライバシーを調べるのは犯罪だと言って取り合わない。
奥さんの同僚だったFBIの捜査官ウィット(ロバート・ゴセット)に相談するが、彼も味方になってくれない。
マイケルは孤立し一人で調べるが、ある時ブルックがオリバーの怪しい現場を目撃する。
彼女は慌ててマイケルに留守電を入れるが、それに気づいたオリバーたちに、自動車事故に見せかけて殺されてしまう。

 ブルックが事故死したと勘違いしたマイケルは、絶望に打ちひしがれる。
そんな彼をオリバーたちは優しく慰める。
マイケルはラング家への疑いを解き、グラントをブラディと一緒のキャンプに出してしまう。
実はそのキャンプはオリバーたちの仲間が運営しているもので、グラントは人質になってしまったのである。
そうした状態で、オリバーたちはFBIビルの爆破に着手する。
それに気づいたマイケルは、爆弾を運ぶバンを追ってfbiビルへと急ぐが、途中でオリバーに遮られてしまう。
二人は格闘になり、マイケルは何とかオリバーを倒して、FBIビルに到着する。
しかし、バンに爆弾はなかった。
二人が格闘している間に、マイケルの車に爆弾は積み替えられ、マイケルは自分で爆弾を運んでしまったのだった。
マイケルがそれに気づいて、車のトランクを開けると、そのとき猛然と爆発する。

 この映画はマイケルを犯人に仕立てるために、延々と展開されるのである。
エンディングの直前まで、マイケルが何とか爆破を止めるために奮闘していると、観客は見ている。
オリバーたちが犯人であることは、疑いがないように描かれているが、最後にどんでん返しになる。
このどんでん返しが、非常に強烈で、正義派のマイケルのほうに感情移入していた観客としては、現実がそうだとは言え、何ともやりきれない気持ちになる。
最近の爆破事件にヒントを得た映画で、周到に準備された構成と恐ろしい結末をもつ映画である。
しかし、テロリストへの敵意と言うより、ドジなFBIへの蔑視のほうが強いような映画でもある。

 この映画は、アメリカで頻発している爆破事件やテロ事件が、一人の犯人の単独犯だとされて、それで皆が安心してしまう事に対する批判である。
オクラホマ爆弾事件と言った大きな爆破事件が、個人で起こせるわけがない。
その背後に何らかの組織があるにもかかわらず、FBIの捜査は個人の犯罪にして、捜査を終了しまう。
爆弾事件に限らず、暗殺などの大きな事件が、個人に帰されてしまう現代の捜査に疑問を投げかけている。

 隣人たちとの接触が希薄になり、隣は何をする人ぞの世の中で、地域の防犯力が下がっている。
共同体が崩壊すれば、個人個人の生活がそのまま社会に並立するだけで、相互監視機能もまた同時に崩壊する。
この映画では、個人の前歴を調べるのは、プライバシーの侵害だと何度も言っていた。
しかし、プライバシーなる概念の登場自体が、個人の自立と対になったことであり、強力な犯罪を許してしまう温床である。

 凶悪犯罪を撲滅するために、共同体的な絆を復活することは、共同体が持つマイナスの面をも復活させてしまうことである。
それをやれば人間の移動が減り、情報社会の個人の知的な能力への期待に反することになる。
より個人化しなければ、情報社会での豊かさは維持できないにもかかわらず、個人化すればするほど、犯罪も多くなるジレンマからどう抜け出すのか。
この映画は、その解答までは示してはいないが、とても多くのことを訴えている。
個人を殺さない形で、個人の想像力を発揮させるのは、至難のことである。

 二人の大人と三人の子供、計五人のラング家の人たちを、どこか暗い影のある人たちとして描いていたのは、上手い演出だった。
ティム・ロビンズやジョーン・キューザックが、普通の人の顔をしながら、どこか切れてしまった人といった雰囲気で、なかなかに細かい演技である。
おそらくその原因は、くすんだ顔色と笑わない顔の作り方であろう。
笑うというのは、人間にとって本当に正直な気持ちの発散であり、笑いというのは平和の象徴である。

 イントロのタイトル・バックは、空を黒く建物を白く反転させた画面で、虚構と化した現代の郊外住宅を表現している。
それが、怖ろしげな感じを良く表しており、とても印象的である。
セブン」と同じカイル・パーカーがデザインしていると言うが、前回に続き今回も良かった。
原題は「Arlington Road」だが、「隣人は静かに笑う」と言う邦題は、内容にあって上手い訳である。

 映画としてはちょっとと思ったのは、爆発事件の犯人たちの動機が、「天の天使」による実行だと言っていただけで、きちんと説明されていなかった。
しかし、それも現代社会の個が自由になるなかでは、説明できないし、説明しなくても良いことなのかも知れない。
細かいことだが、最初のブラディの怪我がなぜ起きたのか、子供の花火遊びだと言っているが、その後の展開ではちょっと理解しがたい。
また何カ所か、露出がオーバーで画面が飛び気味のところがあった。 

1998年のアメリカ映画


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