タクミシネマ        愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像

 愛の悪魔 フランシス・ベーコンの歪んだ肖像 
 ジョン・メイバリー監督

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愛の悪魔 [DVD]

 イギリスの画家フランシス・ベーコン(デレク・ジャコビ)と、若い男性との関係を描いた映画で、画家という表現者の狂気と孤独が良く伝わってくる。
この映画で特筆されるべきは、何と言っても色彩の良いことだろう。
きっちりと露出が計られて発色が良く、微妙な暗いところも上手く出ている。
カメラが誰だかは判らないが、上手い撮影者である。
また、男性同士の絡みも実に美しい画面を作っている。

 間抜けな泥棒ジョージ(ダニエル・クレイグ)が、フランシス・ベーコンの家に侵入する。
ジョージはたちまち見つかるが、フランシスはジョージにゲイの素質を見抜き、ベッドで相手をさせる。
フランシスはどうしたことか、ジョージをことのほか気に入る。
絵のモチーフはどんどん広がり、ジョージを主題にした肖像画などを描く。
しかし、彼にとってジョージはあくまで表現のネタでしかない。
ジョージは恋人であるフランシスから、客体化されることに耐えられず、麻薬に溺れていく。

 表現者は、自己の内面にあるものを、何らかのきっかけで外部化するだけであって、そのきっかけは何でも良い。
きっかけが恋人での時もあるし、花の時もある。
きっかけが生命のないものであれば問題はないが、それがたまたま人間であると、悲劇的な最後を迎えることが多い。
この映画もそうで、フランシスの内面に入り込めないジョージは、いわば蛇の生殺しのような状態で、奈落の底へと突き落とされる。

 対人関係では悪評の高いピカソは、その相手がすべて女性だった。
ピカソの時代は、まだゲイに目が向かなくても、表現のきっかけが入手できた。
一夫一婦制の強固だった時代、女性を放浪することで、充分に反社会的な状況に自分を追い込むことができた。
しかし、フランシス・ベーコンの時代では、女性遍歴はもはや何のインパクトもなく、自分の感性の覚醒にはならない。
女性がすでに自立してしまったから、無意識のうちに女性を人間として扱わざるを得ず、精神の内奥を切開するきっかけにはならない。

 フランシス・ベーコンはゲイといっても、被虐的な立場に置かれたい性格で、若い男性に対して犯されたいほうである。
おそらく、若いつまり社会的には自分より下位の人間に貫通されることが、自分の精神を客観化できるのだろう。
もちろん、これは意識的な作業ではなく、精神の覚醒された結果が画布に展開されるのである。
表現者とは創造者であり、創造者とは神の代理人だから全能であり、平常人と同じ地平で人格を云々することはできない。
この映画はそれが良く判っており、最後にはジョージはオーバードーズで死ぬが、フランシスにはけろっとさせている。

 原題は「Love is the devil」で、Study for a portrait of francis baconと言う副題が付いている。
表現とは神であるがゆえに、悪魔でもあるのだ。
ましてや、表現者との間に平常な恋愛関係が成り立つわけがなく、表現者の愛情は愛される者にとって幸福が訪れるとは限らない。
自虐的な恋人でない限り、表現者との愛情関係には耐えられないだろう。
しかし、フランシス・ベーコンの場合、彼自身がマゾ的なスタンスをとったので、恋人が受け身的なままでは悲劇的な結果になるのは明らかである。
ジョージがサド的なスタンスをとれれば問題はなかったのだが、それではおそらくフランシスのほうが承知しないだろう。

 フランシス・ベーコンはマゾでありながら、主導権は自分になければならない。
でないと、表現者ではない。
この彼のスタンスが、どうしても悲劇を生む構造を内包していたのだ。
それにしても、日本語のタイトルが、「愛の悪魔」は良いとしても、フランシス・ベーコンの歪んだ肖像というのは、表現が判ってないと言わざるを得ない。

1998年のイギリス映画

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