タクミシネマ        黒猫・白猫

黒猫・白猫     エミール・クストリッツァ監督

 黒猫・白猫という原題のコメディだ。
猫たちだけが、真実を知っているという意味だろうか。
ユーゴスラヴィアのロム(ジプシー)たちを、やや古い音楽に乗せて実に楽しく撮っている。

 博打好きで、のらくらものの男マトゥコ(バイラム・セヴェルジャン)が、ドナウの川べりに住んでいる。
そこには、その父親ザーリェ(ザビット・メフメドフスキー)と17歳になる息子のザーレ(フロリアン・アイディーニ)も、一緒に住んでいた。
ザーリェは工場をもっていたが、マトゥコが博打に負けてとられてしまった。
彼等は、その川を通るロシアの舟から、密輸品を買って横流しをしていたのだ。
ユーゴスラヴィアの映画らしくというか、彼等の住んでいる所はいかにもひなびた場所で、長閑な場所だった。

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前宣伝のビラから

 マトゥコは、石油を積んだ貨車20両が入って来るという情報をつかむ。
彼はこれを買って横流しすれば儲かると考えたが、3両分しか買うお金がない。
20両全部は買えないので、事業家のダダン(スルジャン・トドロヴィッチ)に仲間にならないかと相談する。
ダダンはその話にのり、17両分を買うことになるが、なんと彼は20両全部を独り占めしてしまう。
しかも、マトゥコには一服もって眠らせてしまい、その間に貨車を隠してしまう。
石油を積んだ貨車は来なかったと言って、その責任をすべてマトゥコにかぶせ、石油代金を返せと言ってくる。
3両分で全財産をはたいた彼には、そんな金はない。

 ダダンは自分の妹アフロディタ(サリア・イブライモヴァ)が25歳になっても、未婚であることに困惑していた。
そこで、マトゥコの息子のザーレを婿によこせという。
そうすれば借金は帳消しにしてやるという。
ダダンの権力に逆らえないマトゥコは、それを承知してしまう。
しかし、ザーレは近くに住むイダ(ブランカ・カティチ)と愛し合っていたし、アフロディタもこの結婚には反対している。
本人たちにはお構いなく、結婚の話は進み、とうとう結婚式の当日になる。
結婚式の朝ザーリェが死んでも、ダダンは結婚式を強行する。

 結婚式から、アフロディタが逃走する。
それに気づいたダダンが追いかける。
そこへ、ゴッドファーザーのグルガ(サブリー・スレイマーニ)と嫁を捜していたその孫(ヤシャール・デスターニ)が通りかかり、2人は一目惚れ。
しかも、ダダンはかつてゴッドファーザーの手下だった。
かくてザーレはイダと、アフロディタはゴッドファーザーの孫と結婚し、物語はハッピーエンド。

 映画は、ロムたちの陽気で、のんびりした生活を舞台に繰り広げられる。
自然の中に生きる彼等は、いまだに血縁の家族の結びつきが強く、家長の権限が絶対である。
ここでは全員が結婚をしなければならず、しかも適齢期を過ぎた未婚者がいることは、家長の不名誉なのだ。
わが国でもちょっと前までは行き残りなどと言われて、適齢期を過ぎた未婚者は肩身が狭かった。
完全な農耕社会では、誰でもが結婚できるのとは限らなかったが、農耕社会の秩序が崩れ始めた初期の工業社会では、結婚しかも愛情に基づいた結婚が強制されるのだ。

 この映画に登場する人たちは、自然に生きる人間たちらしく、権力者に弱い。
暴力団まがいの事業家ダダンが、非常識な手段を使ったり約束を破っても、彼が金持ちで権力者であるがゆえに反対することができない。
生活の場面では明るいけれども、自然という力だけでなく大きな権力の前には、きわめて従順な人たちである。
農耕社会の人たちは、正義を正義として主張するのではなく、個人的な工夫や反抗として生きようとする。

 コメディであるこの映画に、社会的な背景や思想的なモティーフを云々するのは野暮なように思う。
それでもユーゴスラヴィアのロム人という舞台が、特有の色彩を醸し出している。
しかも、本職の俳優はイダ等数人だという。
日本の監督だと、素人に演技させると、いや本職であっても学芸会のような仕儀になるが、この映画ではそんなことはない。
時として訥々とした台詞になったり、ややのろい展開だからか、素人たちが実に自由に動き回り、楽しい画面を作っていた。
クストリッツァ監督は、登場人物たちを自然に動かしていた。
それにしても、農耕社会の人々は歯並びが悪い。
あれでは栄養状態も悪く、短命であることもむべなるかなである。

 後半への伏線を張るためか、前半がややかったるくて笑えないが、終盤にかけて話が盛り上がり、ハッピーエンドに終わる展開はいかにも娯楽映画の王道である。

1998年のユーゴスラヴィア映画


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