タクミシネマ              007 トゥモローネバーダイ

007 トゥモロー ネヴァー ダイ
 ロジャー・スポティスウッド監督    

 007シリーズもだいぶ長く続いているが、新作のたびに同時代的な状況設定になって、少しずつ変わっていることに感心させられる。
今回は、世界制覇をねらうマスコミのオーナー社長が、自分で事件を起こして、それをいち早く記事にするという犯罪を犯す。
自分で事件を起こして記事にするのだから、誰よりも正確に、しかも早く記事にできる。
マッチポンプ的報道を通じて、マスコミの世界制覇をねらうという設定である。

 肉体労働から頭脳労働へと転換しつつあるので、武力での世界支配が終了し、これからは観念が世界を支配する。
だから偽情報の流布を初めとして、一種のマインドコントールまがいのマスコミが、人々の心を支配する。
今後、世界制覇をねらうのは、工業社会系のコングロマリットではなく、情報産業たるマスコミである。
そうした社会の変化をとらえた認識が下敷きになっている。
いわば最先端の社会認識を、娯楽作品へと繋げてくるのは、なかなかに鋭い目である。

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 メディア王カーヴァー(ジョナサン・ブライス)は世界の情報支配に乗り出し、中国をのぞく世界支配が終わった。
残るは中国だけである。そこで、中国とイギリスとの間に戦争を仕掛け、それを記事にするなかから、中国での報道権を独占しようとする。
中国の破壊工作と偽装した攻撃で、まずイギリスの戦艦を沈没させる。
その戦艦から盗んだミサイルを、北京に向けて発射しようとする。
その結果、英中戦争になることを恐れたイギリス政府は、ジェームス・ボンド(ピアース・ブロスナン)を派遣する。

 お金はかかっているが、映画としてはたわいない。
007特有のドンパチが盛りだくさんのエンターテインメントである。
イギリス戦艦を攻撃するのが、ステルス戦艦だというのがミソといえばミソだが、取り立てて特筆すべき仕掛けはない。
むしろ、超近代的なステルスなど使いながら、最後に決着をつける手段は拳銃や自動小銃だというのが、いささか古い感じがする。

 今回のボンド・ガールは、中国の情報部員ウェイ・リンを演じるミシェル・ヨーで、アクションをこなす香港の女優である。
なかなかにスタイッリッシュではあるが、丸顔であまり美人とは言えなかった。
白人からみると、彼女はアジア人だから美人の基準が違って、美しく見えるのかも知れない。
活発なアクションをこなす彼女は別として、メディア王カーヴァーの奥さんを演じた女性もスタイルが良い。
白人たちの美男美女の世界が展開されるのは、アメリカ製の映画でありながら、古いタイプの映画だと思わせる。

 恋愛の対象と仕事のパートナーを分けたのは現代的かもしれないが、元気な仕事上の女性パートナーも、最後にはボンドという男性に助けられる。
これがアメリカを舞台にした映画だと、知的でしかもガッツのある女性が主人公になることが多く、イギリスを舞台にした映画とは少し違っている。

 今や娯楽の対象である映画の世界でも、美の基準が変わり始めている。
男性につくすタイプの可愛い女性は、アメリカでは主役を張れなくなりつつある。
男性たちが映画製作の主導権を握っていると言っても、観客の半分は女性だし、男性観客も連れの女性に影響を受けるとすれば、もはや女性の意見を無視するわけにはいかない。


 そうした意味では、今回のボンドガールは中国人であるがゆえに、髪が長かったのかもしれない。
白人のアクション女優が、長い髪と言うことはあり得ないから。
白人たちはオリエンタルにエキゾチックなものを求め、それがオリエンタルたちに時代遅れなファッションをさせることになるのだろう。
娯楽の世界こそ、観客の好みが直接に反映される最先端分野である。

 小説にしても評論にしても、それを味わうためには、自ら読むといったある手続きを必要とするものは、現実世界からの影響が遅れて伝わる。
映画はただ座って見れば良く、しかも、テレビのようにマスを相手にしなくても良いから、映画は時代の感覚をいち早く取り入れることができる。
そうした意味では、マイナーな表現形態ほど、先端的な表現がなされている。
映画はその制作に大金がかかることから、むしろ遅れていると言えるかもしれない。

 この映画は、メディア王の本拠地がドイツだったので、登場する小道具がドイツ製だった。
ボンドカーは前回もBMWだったが、今回もBMWだった。
ドイツであってもメルセデスやアウディのクワトロとならず、BMW750が選ばれるところにBMWの高級でスポーティーなイメージがある。
また、ポルシェはメカニックなイメージが強く、ポルシェを選ぶとハードボイルドタッチになるから、ポルシェがボンドカーとならないところもおもしろい。

 オートバイもBMWだったが、あれは日本製オートバイの方がよかった。
水平対向のエンジンはいかにもバランスが悪く、鈍重な感じがする。
またイギリス本国での、ボンドの車はアストンマーチンだが、新型のBMWに比べるとすでにデザインが古く、大時代的に見える。

1997年イギリス映画


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