タクミシネマ             クンドゥン

 クンドゥン   マーチン・スコセッシ監督 

 ダライ・ラマに関係する映画は何本か作られたが、これは第14代ダライ・ラマの伝記映画である。
チベットの片田舎に生まれた小さな少年が、チベット政府の高官に見いだされてダライ・ラマとなる。
そして、中国との抗争に敗れ、インドへ亡命するまでを描いたもので、雄大なチベットを舞台に映画は繰り広げられる。
と書きたいところだが、対中国との関係でチベットに入って描くことはできないので、モロッコにセットを組んで撮ったものである。
クンドゥン [DVD]
 
劇場パンフレットから

 地球上の秘境として、政治と宗教が一体化していたチベット。
現人神というダライ・ラマが宗教的な最高指導者であり、同時に政治的な最高権力者であるといった前近代的でありながら、国民が幸せに暮らしていた国。そこでの最高指導者がどのように生まれ、どのように育てられるのかを、この映画は描く。
現代の社会から見れば、遅れているの一言に尽きるが、ヒマラヤの高地という厳しい自然環境の中で人間が生きるためには、政治と宗教が一体化する必要があったのだろう。
シャーマニズムが、王制と無理なく併存する様が面白い。

 人類の多くは、政治と宗教が一体化した状態から始まっている。
西洋はキリスト教の支配がつい最近まで続いてきたわけだし、わが国では天皇制という宗教がいまだに健在である。
生きることが厳しい農耕社会では、信じる核となるものが不可欠なのだろう。
だから、どこの農耕社会でも宗教が大きな意味を持っているに違いない。
それが近代という神に代わって、人間が支配する社会になると、神に頼らなくても生きていけるのだ。

 この映画は、ダライ・ラマの配役に4人を使っている。
その少年たちがよく似ており、キャスティングの苦労が忍ばれる。
また、アメリカ資本がモロッコで撮ったチベット映画だが、劇場パンフレットによれば、俳優はすべて素人のチベット人であるとのこと。

 沢山の人物を登場させながら、白人を一人も使わずに映画を撮ると言うことが、アメリカ資本に可能なことに驚いた。
そして、素人の俳優たちを、いくらかのぎこちなさをともないながら、演技させている監督の技量に感嘆。
SFXを多用しているのであろうが、それがどこに使われているか判らない。
SFXxの技術的な進歩が早いことにも驚かされる。

 大金をかけているのに、映画としては可もなし不可もなしだが、マーチン・スコセッシュ監督が何故この映画を撮りたいと思ったのか、今ひとつ判らなかった。
今、この映画を撮れば、共産主義という宗教を信じている中国を刺激するのは必定だから、それでもそれを押して撮りたい主題だったのだろうか。

 中国が宗教国家だという批判だとすれば、もうちょっと違う視点から撮るだろう。
ラダイ・ラマの伝記映画を撮るためにだけに、あんなにお金をかけたのだろうか。
近代の限界が言われる今、前近代を振り返りたいのは判るのだが。

 ラサにあるチベット政府兼寺院であるポタラ宮殿で繰り広げられる絵巻は、わが国の平安朝を思わせた。
天皇が国民の繁栄を祈り、国民は天皇を現人神と崇拝し、両者は平和的な関係のうちに生活している。
そこには支配・被支配の関係があっても、支配・被支配の意識はまったくない。

 全国民はダライ・ラマの敬虔な信者である。
そこで繰り広げられるのは、雅楽の音も妙なる極彩色に彩られた風景である。
軍事費が少なくなったと心配する役人や、派閥抗争によって獄死する役人たちを後目に、心労の多いダライ・ラマの生活は続く。

 一人の人間に完璧を期待し、人間の人格と能力が同体となっていると考えることは、無理である。
小さな集団ならともかく、国家という次元では一人の具体的な人間が、一生にわたって指導者たることは不可能である。
それが判ってきたから、現代社会は選挙で政治家を選び、責任を国民にも分担させている。
この映画でも、ダライ・ラマの苦渋がたびたび登場していたが、全責任を負わされた人間は大変なプレッシャーに生きることになる。
個人を奉り上げるのは、残酷な制度である。

 「最後の誘惑」でキリストを人間くさく描き、敬虔なクリスチャンから大顰蹙を買ったマーチン・スコセッシ監督だが、等身大のキリストが描けたのは自分自身がクリスチャンだからである。
自分が信じるがゆえに、キリストは疑い、確かめたくなる存在だろう。
それに対して、仏教やダライ・ラマは彼の外にあるために、教科書的というかきれい事としか描けず、単なる伝記映画になってしまった。
高度な技術を持つ監督だから、破綻なくまとめているが、表現の本質から見るとどんなものだろうか。

1997年のアメリカ映画


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