タクミシネマ              プライベート パーツ

プライ ベートパーツ      ベティ・トーマス監督

 アメリカのFM放送が、まだおとなしかった頃の話。
DJと呼ばれる音楽をかけながら、番組の進行役をする人がいた。
彼等は当たり障りのない話題をしゃべりながら、音楽をかける合いの手役を果たしていた。
父親の影響もあって、ハワード・スターンは小さな頃からそれに憧れていた。
成人した彼は、大学卒業後、DJになる。

 最初は田舎の小さな放送局だったが、他のDJがやらないような身近な本音を電波にのせ、人気を博していく。
本音とは政府の攻撃だったり、性的な話題だったり、いわば既成の権威が認めなかったもので、しかも誰でも知りたいものばかりだった。
1970年代は、まだ放送コードがいまほど解放されておらず、表現は遠慮させられていた。
そこへ過激なしゃべりである。
ラリー・フリント」が雑誌界でやったことを、放送界でやったのがハワード・スターンである。

 雑誌社をつくったラリー・フリントは、資本家となったせいでか官憲との肉体的な戦いを強いられた。
ハワード・スターンは電波という同時性が命の媒体だったので、彼の言動に対しては反応が即時にあった。
しかも、彼は資本家でも会社という組織をもった人間でもなく、ただ一人のDJだった。
そのために自由に戦うことが出来た。

 雑誌が売り上げを人気の秤とすれば、ラジオ放送のそれは聴取率である。
自由に本音をしゃべるハワード・スターンに聴取者は敏感に反応し、彼の人気は右上がりに上昇した。
彼の伝記を映画化したらしく、映画としてはおかしい場面もあるが、むしろ単調なできで、時代に乗った彼の成功物語にすぎない。
彼が時代を切り開いたのでもあろうが、70年から80年へと、既成の権威や体制は明らかに崩れ、新たな価値を求めていた。

 この映画でも、彼の車はファルコンだったし、長髪にベルボトムといった当時のファッションなど、懐かしい場面がたくさん登場する。
この時代、アメリカは豊かだったと、今さらながらに感動する。
当時我が国では、高度成長期に入って、物が豊かになり始めてはいたが、アメリカはすでに物の充足は終わっていたようである。
それがよりいっそうの充足を求めて、精神的な解放へと連動していったのだろう。
そう考えると、コンピューター産業へと傾斜していったそれから後のアメリカの動きが良く判る。

 70年代の表現界を画したラリー・フリントとハワード・スターンの二人だが、過激な発言や行動にもかかわらず、保守的な生活態度が非常に良く似ている。
ラリー・フリントは三人目の奥さんとの純愛を全うしたし、ハワード・スターンは大学で見初めた女性との間に三人の子供をもって、いまでも順調な結婚生活を送っている。
実際は浮気をしているかどうか判らないが、少なくとも二人とも純愛路線を売り物にしていた。

 言論や表現の世界では、どんなに過激なことを言っても、実生活では保守的なまでに一夫一婦的な家庭主義者である彼等。
現代では、結婚が永続した男女関係を保証せず、固定的な関係を維持することが難しくなっている。
それは時代的な必然性があり、彼等が良くて現代が堕落したと言うことではない。
彼等が攻撃したかっての世代に、彼等自身がなってしまっていることの表れである。
このあたりが彼等の世代の限界なのであろう。
もはや男女関係において、継続性が美点であるとは限らなくなっている。

 DJというのは一種の芸人である。
エンターテインメントと堅気の世界の境界にいるが、決して堅気の社会に生きる人間ではなく、人気家業である。
アメリカという社会は、DJにも人気によるバロメーターを適用し、出世できる構造を用意している。
その反応が非常に早い社会である。
1997アメリカ映画。


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